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和を以て尊しとなす



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定年憂国親父のブログに初めてのコメントが入りました。
あまりにもすばらしく、全く同感の内容であり、本人の承諾をえたので公開します。


和を以て尊しとなすの言葉通り日本人のDNAには、「平和」が深く組み込まれていることは確かだ。

我が国の有史上で戦国期と20世紀上期の一時期に争いが行われたが、その不幸な数十年を除けば、穏やかに稲作文化をもって社会を形成し、独特の文化を築き、育んできたことはどなたにも異論がないだろう。

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横須賀線の混雑/すばらしい日本文化!


保土ヶ谷から品川まで横須賀線で通勤しているが昨年末に武蔵小杉駅が開設してから混雑は尋常でなくなった。

横須賀線は東海道線に比べれば多少時間はかかるが比較的すいており新聞の立ち読みもできることから通勤手段に選定した。しかし最近は新聞も読めない状況に変わってきた。

人には生活環境が急激に変わるとその変化を拒絶する本能とその変化に順応しようとする本能がある。

日本人はこの相反する本能を集団の和、思いやりや感謝、互助の精神で新たな習慣、環境としてしまう。
横須賀線の社内環境の急激な変化への対応を見て今更ながら日本人は何とすばらしい人種だろうと再認識する。


景気が悪化して久しく、また不甲斐ない政治が続き、日本人に元気がなくなったような風潮があるが果してそうであろうか。多くの日本人はじっと堪えて黙々と働いている。

日本企業の約95%を占める中小企業が先端の技術を磨き、島国日本の経済を支えてきた。

日本は今でも世界経済に影響を及ぼす経済大国であり、世界一の長寿国であり、最近は外国人による凶悪犯罪が増えたとはいえ、今でも世界一の治安を自慢できる国である。

地震で被害を受けようが、新燃岳が噴火しようが、口蹄疫が発生しようが、自然の摂理に起因する災難に対しては自然に対する敬いと自分の致命的な被害をも苦渋の心情を以てこれを受け入れる。

だからこそ助け合う互助の精神が生まれ、政治(お上)もその日本精神を守り育ててきた。自己保身と党利を追及する現在の政治家諸氏とは大きく異なる。

先日のサッカーアジア杯での日本チームのチーム一丸となった和と負けじ魂、プロフェッショナリズムは日本人のみならず世界中の人々に感動を与えた。

この様な日本の伝統と文化こそ現在の世界に求められている文化であろう。皇紀2671年、約2700年の歴史が築いた日本文化を決して失ってはならない。




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建国記念の日 / 紀元節に思う。

本日は2月11日(金)、建国記念の日です。

朝のテレビはどこの局も本日から3連休、関東地方にも雪との報道、毎朝読んでいる最も健全と思っている日経新聞の紙面にすら建国記念日に関する社説や意見も見られない。

昨日会社で20代から30代の社員数人に「建国記念日とは何の日?」「紀元節って知っている?」「皇紀って何?」と聞いてみた。

全て答えられた者はいなかった。

今朝のマスコミ、新聞を見ても建国記念日、紀元節に関する特集すらない。どうして避けるの?


私が質問した我が社の若き社員は、建国記念の日は日本の国が出来た日と答えました。

日本の国が出来た日とはどんな日?・・・誰も答えられませんでした。

正しい日本の歴史と文化を知りたい人に教えてあげました。

建国記念の日は、日本の初代天皇の神武天皇が即位された日です。

国民の休日である2月11日の建国記念の日は、昔は紀元節と言っていました。

節はまさに節目であり、日本には新年、紀元節、天長節、明治節という4大節の記念日があり、
紀元節が祝日になったのは1853年(明治5年)です。

戦後の昭和23年4月に施行された祝日法でGHQによって紀元節は日本が再び米国の脅威になる要因として廃止されました。

その後、昭和27年のサンフランシスコ講和条約が発効して日本の独立、主権が回復し、日本国内では建国記念の日の復活運動が起きます。

そして当時の政府が祝日に残したい日について世論調査をしています。

その結果は①正月 ②天皇誕生日 ③紀元節です。当時の健全な日本国民の精神が分かります。

当時の吉田茂首相は、日本の真の独立のためには紀元節の復活から着手すると表明し、国民の運動も大きくなり国会審議されますが反対勢力も多く何と9回も廃案になったそうです。

そして1966年(昭和41年)6月にやっと可決されて国民の祝日として復活しました。

日本人として意義あるこの建国記念の日/紀元節の日に、日本の良き伝統、文化、歴史を見つめ直したいものですね!



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イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事案/横浜地裁判決に思う。


平成20年2月19日未明、千葉県の房総半島野島崎沖で、ハワイでの訓練を終えて横須賀港に帰港途中の海上自衛隊のイージス艦「あたご」と、マグロはえ縄漁に向かっていた同県の漁船「清徳丸」の衝突事案において、横浜地方海難審判所は21年1月、事故の主因を「あたごの監視不十分」と裁決し、横浜地検は21年4月、衝突時と直前の当直責任者2人を業務上過失致死罪などで在宅起訴した。今月11日の横浜地裁判決は、漁船「清徳丸」側に事故原因があるとし、在宅起訴されていた2名の「あたご」士官を無罪とした。
あたご衝突場所

本件については、私は海自現役時代から「あたご」艦長及び2人の士官を良く知っていたことから顛末を見守っていたが、船の運航に関する事故原因を専門的な観点から追及する海難審判の判決が個人の過失を明らかにする刑事裁判により覆された結果となり、いつもの通りの自衛隊叩きのマスコミ報道と世論の形成、そして残念ながらこの空気に流された検察の検証手法に問題があったことが露呈した。

このような観点においても約3年間頑張った2人の士官、彼らを献身的に無償で支援して下さった弁護団、そして海難審判と異なる判決を健全かつ英断された地裁裁判長に心底より敬意を表したい。

驚いたことに、判決後の報道において、海上幕僚幹部の幹部が無罪に驚いているような記事が書かれている。

5月11日の読売では「海自は事故調査委員会の報告を受けて、当直体制や見張り要領の見直しなど再発防止策に取り組んでいた。それだけに、ある幹部は「海難審判ではあたご側に原因があるとされたので、2人とも無罪というのは全く予想していなかった」と驚きを口にした。 別の幹部は「防衛省としてはすでに事故調査報告書で非を認めている。今回の判決は個人の罪を認めなかっただけで、事故を起こした責任があることに変わりはなく、今後も再発防止に努めるしかない」と複雑な表情で語った。」とある。

この幹部とは明らかに内局の幹部であり、海自の制服幹部でないことは私の経験から断言できる。

そもそも、海上衝突予防については種々のルールがあるが、テロ、自爆攻撃等、意図的に衝突する以外、衝突事故が生起した場合に一方が完全に悪いということはあり得ない。

あたご海難審判


仮に海難審判所の判決どおりで、横切りの関係であった場合は、衝突を回避するために進路を保持する保持船と舵を取って進路を変更する避航船となり、この場合は漁船が保持船でイージス艦が避航船となる。

今回の「あたご」のように複数の漁船と連続的に見合い関係が生じる場合は、大きく右転して避航すれば際限が無く、相手の動きを注意深く見守って近距離で速力を落として前方をやり過ごすのが常道である。

また、横切り関係においても保持船は最終的に衝突を避けるために最善の協力動作をとることが定められており、小回りのきく漁船は大きく舵を切って避けることができる。

仮に検察の主張する通りであっても、一方的にイージス艦が悪いことはあり得ない。

今回の判決は、横切り関係ではなく、漁船が通常の進み方をしていれば安全にイージス艦の後方を通過しており、直前に漁船が大きく変針したために衝突が生起したと判定した。

イージス艦「あたご」の衝突事案生起時の防衛省の対応を見た時、マスコミに煽動される世論の空気を恐れ、組織防護と思われないように、「あたご」の艦長、当直士官、艦内態勢を最初から否定するような姿勢が感じられたことは残念であった。

部下を信じ、悪いことは悪い。間違っていないことは間違っていない。と自信をもって対応して欲しかった。

潜水艦「なだしお」の事故の際、
当時の東山海上幕僚長が記者会見で「部下を信じている。」と毅然と発言された。

あの光景は当時の海上自衛官にとって未だに忘れられず、あのような指揮官がおられたからこそ私は現役時代に身命を賭して任務にまい進できたのだと確信している。



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管首相の無為無策、無節操な政治手法 / 筋金入りの市民運動家




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東日本大震災発災の約2か月前の1月24日から始まった150日間の通常国会の会期は閉会日の6月22日に70日間延期され、8月31日までとなった。

会期の70日間延長が決まった22日には記者会見も行われず、退陣時期をめぐる首相の発言もなかった。

前回の記者会見は6月2日であり、冒頭で内閣不信任決議案の採決に触れ、大差で信任されたと羞恥心、真の反省心のかけらもみられず自慢げに発言した。

6.27記者会見
     6月22日 記者会見時の管総理


まさに茶番、ペテンの声はどこ吹く風のごとく馬鹿丸出しの記者会見であった。

その記者会見から約1か月ぶりの27日に会見が行われた。

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NHKの姿勢を疑う。/天皇家を王家と表現



天皇陛下訪米


ネットで天皇家を王家と称したNHKに対する非難が炎上している。

来年の大河ドラマ「平清盛」の主な人物関係の項で天皇家を王家と記述し公開している。

「主な人物関係」はここから

主な人物関係


これに対しネット上でNHKは天皇制を否定する確信犯との非難が上がっている。

確かにこれは問題である。NHK関係者の常識を疑わざるを得ない。


NHKの公開に驚き、若い社員数人に、天皇陛下とローマ教皇と米国大統領の儀礼上の序列を質問してみた。全員が1位はローマ教皇と答え、2位は天皇陛下と米国大統領に分かれた。

この種の国際慣習等について日本人は教育すら受けていない。情けない話である。


皇帝、ローマ法王、国王、大統領、首相の国際儀礼上の地位は次の通りであり、国際慣習上の常識である。


序列      国際儀礼上の地位

1  皇帝・女帝(Emperor、Empress) : 日本国天皇陛下のみ
2  ローマ教皇(Pope)      : ローマ教皇ベネディクト16世
3  国王・女王(King、Queen)     : エリザベス女王ほか
4  大統領  (President)      : 米国オバマ大統領ほか
5  首相   (Premier)        : 野田首相ほか


1981年にローマ教皇は来日された際に皇居に天皇陛下を訪問されている。このようにローマ教皇が相手の場所に訪問される」のは日本以外にはありません。

また、1993年のベルギー国王の葬儀の際には天皇陛下はローマ教皇の前で先頭を歩かれた。

天皇陛下とエリザベス女王との関係については、1971年に天皇陛下が訪英された際には、エリザベス女王の上席で最上席に着席されている。

また、天皇陛下が戦後初めて訪米された際には、米国大統領が空港へホワイトタイで迎えられた。そして米国史上例を見ない米5軍による儀仗を含めた格式での儀礼が実施された。

これらの歓迎方法は米国大統領にとって最高の礼式とされ、天皇陛下、ローマ教皇、エリザベス女王にのみ実施されている。

このように天皇陛下は国際社会においては皇帝として最高位に位置づけされている。

天皇家を王家と堂々と公表するNHKのレベルと意識の低さとに憤りを感じるとともにこのような態勢に反省を促す。

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相も変わらない管前首相/四国お遍路の馬鹿さ加減




管直人前首相が「お遍路」を再開したそうである。

henro

全く呆れる。

相変わらずの三文役者のパフォーマンス、これを執拗に報道し、現職の時と比べて顔が柔和になったとか、人間らしくなったと騒ぎ立てるマスコミの馬鹿さ加減にも呆れるばかりだ。

白装束であたかも仙人になったかのような心境なのか、

自分の危機管理失策をも「3月11日までに地震や津波、電源喪失の同時発生を想定した準備が何もできていなかったのが最大の問題だった」と道中に発言し、原発政策を推進してきた自民党に責任を転嫁したり、

また、「野党は、閣僚の増員などで手柄を取らせないよう足を引っ張った」とか

「地震列島に原発を造ったのが間違い。資源に乏しいからこそ、自然エネルギーを推進すべきだったが、異論を唱えれば『原子力ムラ』から追放された」などと

相も変わらずの逃げと責任転嫁は凄まじい。今まで首相の地位におられた方とは思えない発言の連続である。

まあ、責任感の欠片でもある人間であれば、お遍路よりも被災地を訪問し、1人の国会議員としてじっくりと被災状況、復興状況を見て復興事業の推進に協力したり、福島原発の現場でのボランティアでもしてせめて大失策の償いをするのだろうが、

彼にそのような期待をすることすら間違いであろう。

現在の世界的に深刻な経済危機、

防衛産業や政府機関に対するサイバー攻撃問題、

沖縄普天間問題、東シナ海問題等、

政治が解決すべき問題も山積みの状態であるが、

これらを何ら何ら気にすることなく四国でのんびりお遍路とはホントに能天気この上なく開いた口が塞がらない。

また、これを執拗に報道するマスコミもネットの世界では定評のマスゴミとしか言いようがない。


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環太平洋経済連携協定(TPP)議論に欠けているもの



野田首相が交渉参加を表明した環太平洋経済連携協定(TPP)に関しての国会議論、マスコミ論説が活発化してきた。

依然として自由貿易主義対保護主義という構図の舞台での議論であり、TPP参加による日本の国益の本質的な議論がなされていない。

企業でいえば

関税撤廃や市場開放という舞台での対象品目やコスト管理とかキャシュフローの面を中心とした議論での賛成、反対のディベートである。

もっと本質的な企業理念、創業理念という屋台骨にも匹敵する日本独自の文化、社会構造、日本民族の価値観の維持、変更という本質的な面での議論がなされないのが疑問である。

経済界、農業界等はそれぞれの利害、得失で意見を言うのは当然である。

また米国も国益に沿って米国流の制度化を要求するのは当然である。

本質的な制度、価値観を守り、国益を維持するのが政治の役割ではないのか。


約3千年脈々と続く世界唯一のすばらしい独自の文化、社会制度、価値観をどこまで変えて欧米文化、社会構造に適合させるのか。

この点を民主党政権はどのように考えているのか理解できないところに政府の本質的な問題がある。


約20年前の日米構造協議で日本独自の制度の変更を求められ、日本民族の精神構造もアングロサクソンの個人主義、能力主義に変わってきた。

農耕民族の和と献身の徳目に立脚した終身雇用制度、善意の談合制度もあたかも悪の制度であるかの如く洗脳され現状の社会構造に至っている。

終身雇用と談合こそ日本ならではの和と助け合いのすばらしい文化であり日本の組織力の強みであったのではないか?

大東亜戦争後の被占領期間を除く約2700年もの間、独裁のない庶民中心の社会を維持してきた日本はまさに世界遺産ともいえる文化と制度を構築してきた。

能力による格差は受容しつつ皆が繁栄する助け合いの精神が具現化された日本独自の諸制度は現在でも地方の公共事業の地元業者の優先制度、医療制度等多くの部門に残っており、これらの制度は日本民族のみが理解でき、維持できる制度である。

政府は自由化対保護、対象品目の範囲という単純な視点のみではなく、太古から脈々と維持してきた日本独自の制度、価値観を守るという発想に立った舵取りをするべきである。
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心に沁みたブータン国王の国会演説全文 / 日本人としての誇りと自信を持て!




ブータン国王

ブータン王国のジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王とジェツン・ペマ王妃が15日朝、国賓として初めて来日された。

お2人は先月結婚されたばかりで、密接な関係にある隣国インドを除けば結婚後、初の外国公式訪問であった。
ご夫妻の何とも言いようのない凛とした品格とお人柄、昔の良き日本人を彷彿させるような思いでニュース報道を見ていたのは私だけではないと思う。これは多くの日本人が抱いた心情であり、天皇陛下への心情にも相通じるものがあった。

しかしながら大手のマスメディアはご夫妻の訪問先での親日ぶりを芸能報道的に流すのみであった。

国王の国会演説終了後、全議員が総立ちし心からの拍手を送っている映像を見て、演説内容に興味を持ちネットで調べた。

ブータン国王の演説全文を読み、長いこと忘れていた心が震えるような感動と勇気を頂いた。国王の演説は党利党略に明け暮れる国会議員に自省と政治家としての原点回帰を再考させたのではないかと確信する。

ブータン国王の演説は、現代の日本人にとって座右の銘とすべき内容であり、永久に保存し、日本人の良き精神の伝承の拠り所とすべきである。

何人かのブログで演説内容が公表されていたので、ここに記録しておきたい。

ブータン王国ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王の国会での演説全文

『天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。
 妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。
 ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。
 私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。
 皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。
 このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。
 皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。
 ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。
 ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。
 今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。
 改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。
(ゾンカ語での祈りが捧げられる)
 ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。』
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ブータン国王の国会演説動画はここから
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品格も節操もない韓国李大統領の来日首脳会談 / 慰安婦問題で野田総理に泣きつく





日韓首脳日韓首脳会談



韓国の李明博大統領が来日、18日に日韓首脳会談が始まった。

経済協力や中国の海洋進出、中国漁船の違法操業問題等について意見交換を行わなければならない筈が、何故か慰安婦問題が主になっている報道である。

経済問題の前に過去の歴史の懸案、慰安婦問題について話さねばならないとクギを刺し、執拗に誠意ある措置、暖かい心に基づいた解決策、大局的な解決を懇願したそうである。

全く、節操も品位もない姿である。

そして慰安婦問題が解決しなければ、第2、第3の慰安婦像が創られると、まさに恫喝とも思える発言をしたとの報道もあり驚きであり、開いた口が塞がらない。

慰安婦問題は、従軍でも強制でもなく、当時の一般社会でも認められていた公娼であり商行為であったことは周知の事実である。

 現場にいた韓国政府当局者も首脳会談であれほど李大統領が熱を帯びて語る姿を見たことがないと語ったそうである。

日本国民を愚弄するのはいい加減にせよ! 週末の各種TV番組のコメンテーターも慰安婦問題については口を濁す場面が散見された。

 李大統領の親族の斡旋収財容疑での逮捕等、不祥事の続出の中、来年の大統領選を控え、国内世論の誘導と対日批判の中に保身を考えている姿をみると誠に情なく求心力を失った哀れな政権末期の状態である。

 残念なことに、野田首相は李大統領に対し、本件は決着済みと指摘しつつも、これからも人道的見地から知恵を絞っていこうと述べたようである。

この問題の根本には、韓国側の事実誤認による根強い反日感情があり、日本側の譲歩や人道的支援は逆効果である。

このような心外な無礼な態度には日本国民を代表して毅然とした態度で臨むべきである。
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澤穂希選手がアジア人史上初のFIFAバロンドール賞を受賞 / 日本の誉、誇り


昨日は成人式であった。午後から街に出た。成人式終了後の新成人達の晴れ着姿や友人たちとの喜びの様子を見に行くのが私の成人の日の休日の慣例である。
何故かしら今年の成人達のグループは例年になく馬鹿騒ぎすることなく非常に凛々しさを感じた。昨年の東日本大震災を契機に日本人が日本人らしくなった感がする。

そして今朝(1月9日)には、素晴らしいニュースが飛び込んできた。女子サッカーの澤穂希選手がアジア人史上初のFIFAバロンドール賞を受賞した。
澤選手FIFAバロンドールを獲得0澤選手FIFAバロンドールを獲得1


昨年7月のサッカーワールドカップドイツ大会でなでしこジャパンが最後まで諦めず粘りに粘って優勝を勝ち取った試合は大震災に打ちひしがれていた日本国民に大変な勇気と感動を与えた。特に決勝の対アメリカ戦では通算21敗3分という戦績が示すように1度も勝てなかったアメリカチームに対して最後の最後に追いつき優勝した。あの感動は日本国民の記憶に永遠と残るであろう。

今回の授賞の得票は、

順 選手 国籍 所属クラブ 得票率の順で

1 沢穂希 日本 INAC神戸レオネッサ 28.51%
2 マルタ ブラジル ウエスタン・ニューヨーク・フラッシュ 17.28%
3 アビー・ワンバック アメリカ マジックジャック 13.26%

だったとのこと。

女子FIFAバロンドールを受賞した澤穂希選手だけではなく、女子最優秀監督賞を佐々木則夫監督が受賞、FIFA年間フェアプレー賞を日本サッカー協会が受賞して、日本はトリプル受賞にもなった。

全ての賞が日本人にとって嬉しく誇らしくなる賞です。

更に、嬉しかったのは澤選手が振袖の着物で授賞式に参加したことです。

聞くところによると、中国の記者が何故わざわざ着物で授賞式に参加するのか?と質問したら「日本人と分かるからです。」と答えたという。

常に日本人としての誇りを持ち、チームの仲間をいつも気遣い、感謝と思いやりの気持ちを忘れない真の大和撫子に拍手喝采! やはり日本人はすばらしい。
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豪華客船「コスタ・コンコルディア(Costa Concordia)号」の座礁 / 不可解な事故



2012年1月13日(金)新年早々信じられない海難事故のニュースが飛び込んできた。イタリア中部のティレニア海に浮かぶジリオ島の500メートルの沖合で乗員乗客4165人を乗せた豪華客船「コスタ・コンコルディア(Costa Concordia)」が座礁、浸水・転覆し4234人が救助され、69名が死亡又は行方不明の大事故である。
写真1
船長は信じがたいことであるが乗客より先に脱出し警察に身柄を拘束されているとのこと。報道では島の沖合500メートルと言われているが、写真をみると全長約300メートルの客船の相対関係から島の岩場の2、30メートルといったところではないかと思う。

GPSや電子海図、優れた航海システムを有するであろう豪華客船が何故このような形で座礁に至るのか全く不可解である。

恐らく事前に何らかのトラブルがあり、操縦系統の故障等でこの状態に至ったのであろうか、だとすれば何故転覆するようなこのような形に至ったのか?
写真2


上の写真は、座礁、横転している船腹の後部の写真であり、大きな岩が船体に食い込んでいるのが確認できる。この写真は左舷の船腹であり、右回頭の大きな惰力で浅瀬の岩盤に接触したものであろう。


写真3
上の図は、イタリアの報道機関が発表した最初の衝突と最終座礁位置を示したものである。
この図から察するに、1回目の暗礁との接触で船底に損傷を受け浸水、電気系統の不具合を生じ、又は電力を喪失し、操舵、操縦系統に不具合を生じて乗客退避を考慮して陸岸に近いところに座礁させたのではないかとも思う。

いずれにしても、本事故は不可解なことが多い。

今回座礁した「コスタ・コンコルディア(Costa Concordia)号」は、2006年9月に就航した客船でその要目は、
総トン数:114,147 トン
全長:290.2 m
全幅: 35.5 m
吃水: 8.2 m
船客定員:3,000名(最大 3,780名)
乗組員 : 1,090名
となっている。


現地のニュース等の乗客の証言等を要約すると

コスタ・コンコルディア(Costa Concordia)号は、7日間のクルーズに出港して2時間後の午後8時頃の事故である。

・事故は乗客が夕食のディナーが始まった頃に起きた。また一部の乗客は劇場でマジックショーを見ていた。

・船体に衝撃が起こり、船体を削りとられるような音がした。

・船体が傾きだして乗客は大変な異常事態と認識し、パニックになった。

・船内放送では電気系統の故障と案内、乗員は客室に戻るようにと指示された。又他の乗員は救命ボートのところに行くようにと指示された。

・大きく傾き、食堂の皿等が割れ、乗客が落下し、あたかも「タイタニック」の事故の映画を見ているようとの証言多数

・アメリカ人教師の乗客は、傾いた食堂の通路から脱出、船内は電気が消え、非常灯もなし。救命胴着のストロボライトがフラッシングする灯りでやっと脱出

・船長は事故発生時には乗客と一緒に食事中であったと述べているが、運航担当の乗員は船長は事故時にはブリッジにいたと証言、また船長は予定コースを4マイル外れていたが海図上は水深は十分にあり、海図には記載されていない岩
の出っ張りに当たったのではないかと言っている。

・コーストガードの幹部は事故の状況として、物体に当たり船体の左側に大きな損傷を受け浸水、水深の浅い方に向かうように舵を切り、gigle島の近い港に救命ボートで避難させようとしたと述べている。

・フランス陸軍の女性幹部は、救助後に救命ボートに乗船中も島に上陸後も誰一人として人数を数える人はいなかったと証言

・乗客一人は避難訓練は土曜日の午後5時から計画されており、8日に乗船してから一度も避難訓練はなされていないと証言

細部は
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2086527/Costa-Concordia-accident-Pictures-cruise-ship-sinking-coast-Italy-Titanic-like-scene.htmlのとおり。

  まだ船内には多くの人が取り残されており必死の救助活動が行われていると思われる。一人でも多くの方が救助されるよう祈りたい。

それにしてもこの事故を見る限り、船長、乗員クリューのお粗末さは筆舌に尽くしがたい。

報道にあるように、船長は乗員の一人に故郷の島を見せるために島に異常に接近したのかも知れない。

そして船長が証言しているように海図上は水深が深かったのかも知れない。この行為自体もいい加減な船長であるが、大丈夫だと思って接近した際、第1回目の接触が起こっているのは事実であり、この接触の後に乗客や船体を守るための行動は何故とれなかったのか・・・これも不可解である。

いずれにしてもいい加減な船長の行動と非常事態に乗客救助のための組織的な行動のとれなかった乗員クリュー全体の態勢の不具合に起因する大事故であるのは確実である。
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北朝鮮の衛星打ち上げ騒動に喝!政治・外交ショーか?


本日12日から16日の午前7時から正午までの間に北朝鮮が衛星を打ち上げると発表し日本国中が大騒ぎになっている。摩訶不思議である。
北朝鮮ミサイル北朝鮮衛星
       北朝鮮が公開した衛星打ち上げ用のロケットと衛星


SM-3発射PAC-3発射
   イージス艦SM-3発射         PAC-3発射

私も海自現役時代、イージス艦も含む護衛隊司令として、又は艦隊の作戦参謀として北朝鮮の弾道ミサイル発射の警戒に当たった経験はあるが、今回の騒動は異常である。

日本のマスコミはここ1週間ほど異常なまでの大々的な報道をし、政府もイージス艦及びパトリオット部隊を大展開させ、予告日の本日7時前には官邸、防衛省の危機管理態勢を確立した。

何故こんなに大騒ぎするのだろう。あたかも北朝鮮が弾道ミサイルを日本の領土、領海に発射するとでも言ったような騒ぎ方である。

これも消費税問題、内部分裂問題で岐路に立たされている民主党政権の現状打開戦術か?

北朝鮮のミサイル、核カードに乗って大騒ぎしている日本政府及びマスコミを見ていると腹立たしい限りである。
北朝鮮のミサイルの外交カードを助長しているとしか思えない。

昨日のTBSのニュースではコメンターが、北朝鮮は弾道ミサイル発射予告でこれだけ国際社会を騒がすのだから大した戦略ですね、などと馬鹿丸出しのコメントを述べていた。

政府、マスコミがこれだけ騒ぐ背景を冷静に見つめる必要がある。

軍事的に言えば、これだけ大騒ぎされなくても、発射の兆候があれば日米のイージス艦は当然展開しミサイルを追尾して弾着点などの情報を収集するのは当たり前のことである。

そして今の北朝鮮のミサイル技術であれば弾道をそれて日本本土に向かう蓋然性はほぼあり得ない。

自衛隊は通常のイージス艦の展開を含む弾道ミサイル警戒態勢を維持すれば良いだけの問題を、今にも北朝鮮が攻撃してくるような大騒ぎに煽動するのか。

技術的に言えば、北朝鮮の弾道ミサイルを大気圏外のミッドコースでイージス艦のSM-3で迎撃することは可能である。

またミサイルを追尾すれば弾着予想点が把握できるが、途中コースがずれた場合には北朝鮮はミサイルを自爆させるだろうし、万が一自爆しないで日本の領土、領空に飛来した場合の迎撃を自衛隊の指揮官に一任するのはあたかも自衛隊指揮官に権限を委任したかのような錯覚に陥りやすいがこれはいつもの政治家の事後の責任逃れの布石に過ぎない。

防衛出動を発令して迎撃させるのならともかく、他国の平時のミサイル発射実験にこんなに大騒ぎする必要性は全くない。ましてや、1段目の分離されたブースターの迎撃は常識的に考えても困難であり、必要性は考えられない。

今回の北朝鮮のミサイル発射問題は軍事問題ではなく、外交問題である。

今回の騒動は、何かしら不思議な騒ぎであり、政治、外交ショーと思わざるを得ない。


海上自衛隊イージス艦「きりしま」の快挙・・・・弾道ミサイル迎撃実験成功・・・このビデオをご覧になり海自のイージス艦を信頼して下さい。イージスシステムと日本の優秀な自衛官がコラボしてなせる技です。 



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北朝鮮のミサイル発射に対する官邸対策室の醜態 / クライシスアクションマネージメントは政治家には無理



北朝鮮のミサイル発射当日の対応を時系列にまとめた政府の文書をマスコミが入手し、北朝鮮によるミサイル発射に対する日本政府の対応の不手際が問題となっている。

報道を要約すると北朝鮮のミサイルは午前7時38分に発射された。米軍の早期警戒情報(SEW)の発射熱源探知の後にレーダー探知後すぐに失探、「何らかの飛翔体が発射。洋上に落下した模様」との判断により官邸は混乱し、J-Alert、記者会見ともにお粗末な醜態を曝した。

なお、今回の政府の対応に関するインターネット上の4月14日~17日午前9時までのアンケート結果は次のとおりであり78%の人が不適切と回答している。

                 計27247票
適切:             4% 1003 票
どちらかというと適切:    6% 1622 票
どちらかというと不適切:  11% 2870 票
不適切:            78% 21231 票
わからない:          2% 521 票


マスコミの入手した文書によると、北朝鮮のミサイルは、午前7時38分に発射された。

発射から2分後の午前7時40分、防衛省が何らかの飛翔(ひしょう)体の発射に関する米軍の早期警戒情報の受信を確認したとある。

13日、藤村官房長官は「私が、SEW(米軍の早期警戒情報)を入手したのは、(午前)7時42分で、これは別ルート、さまざまな情報源から入手をしています」と述べていた。

藤村官房長官は、防衛省とは別ルートで早期警戒情報を把握したと、当初説明していた。
さらに、防衛省から官邸の対策室に連絡が入った時間を、午前8時16分としていた。

しかし現実には官邸サイドは7時42分にはこれらの情報を把握していたが政府の正式発表は8時23分となった。

藤村官房長官の13日の記者会見における次の質疑応答からもその混乱振
りが明らかである。

記者: ミサイル発射が失敗したという米国からの連絡は。
長官: 防衛省に(7時)50分には米軍がレーダーで確認したが、見
失ったという情報があった。

記者: 7時40分には、Jアラートを発信する必要がないと判断した
のか。
長官: 1分後ぐらいにはこっち(日本)に飛んでくるものはないと確
認はできていた。

記者: 1分後には日本に飛んでこないと分かったのか。
長官: (レーダーで)見失ったということだ。

記者: ミサイルの発射は失敗したという見方か。
長官: 少なくとも飛翔体が発射され、それが失敗したという判断だ。

記者: エムネット、Jアラートの対応は想定通りか。
長官: 想定通りではあった。

記者: 政府として米軍のSEW情報を信頼していないということか。
長官: 今日までの経験からいって、誤情報もあったということから、
確認が必要という対処方針だった。
記者: 初動に不備があったという認識はないか。
長官: はい。

恐らく北朝鮮のミサイルが順調に飛行したら、Em―Net(エムネット)、J―Alertも含めて全てが事前に計画していた通りの手順に沿って円滑に実施されたであろうが、今回は発射約1分後のミサイルの爆発といういわば「想定外」の事態に官邸も各危機管理センターも右往左往していたのが実態であろう。


今回の事象を各種報道等から整理すると次のとおりとなる。

7時38分   
北朝鮮弾道ミサイル発射・・米軍の早期警戒情報

7時39分頃
韓国海軍イージス艦レーダー探知(発射52秒後)後すぐに約10個に分離消滅・・・1段目を分離する前に 爆発、黄海に落下

7時39分頃
空自レーダーも一時目標探知したが識別には至らなかった模様
東シナ海に2隻、日本海に1隻展開していた海自イージス艦の探知できなかった模様?・・・報道

7時42分頃  
野田首相、藤村官房長官が早期警戒情報(SEW)を入手、官邸対策室の米村敏朗内閣危機管理監も入手

7時50分
米軍から防衛省に「レーダーで確認したが、見失った。」との連絡あり。
防衛省統幕長から防衛相に「米軍が飛翔体を探知したが目標を見失った」と報告

8時00分頃
更に統幕副長が防衛相に「7時40分、何らかの飛翔体が発射。洋上に落下した模様」と報告

8時~5分頃
防衛省内局の松本運用企画局長が官邸危機管理センターを訪れ早期警戒情報(SEW)を官邸対策室の危機管理官に報告

8時3分頃
防衛相から藤村長官に電話で「7時40分に何らかの飛翔体が発射。洋上に落下したもよう、日本に影響なし」と連絡 

8時3分頃
官邸対策室が「Em-Net」(エムネット)で全国の自治体に一報を流す。内容に「わが国としては発射を確認していない」を加えた。

8時20分頃
田中直紀防衛相が「何らかの飛翔体が発射された。日本には影響はなし。」と発表


ミサイル探知から数分以内に迎撃を行わなければならない厳しい条件下で捜索―探知―識別―対処の優先順位の決定―攻撃対処―効果の判定―再対処の一連の手順をあらゆる状況下で適切に実施できるように研究、訓練していた海上自衛官のOBとして言わせて貰えば、

政治家や民間人には到底無理な対応の要求であろう。相応に熟練した艦長、部隊指揮官のレベルでなければ実施は困難であろう。

彼らが危機管理監補佐としていたら、間違いなく次のとおりAlertを発していたでろう。


(7時38分  ミサイル発射)
7時39分  アラート第1報
「北朝鮮ミサイル発射の兆候探知、現在調査中」

7時40分  アラート第2報
「レーダーでミサイルの飛翔を探知できず、調査中」

7時45分  アラート第3報
「北朝鮮のミサイルは黄海に落下した模様、我が国に影響なし。」

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憲法記念日に思う! / 憲法改正と教育改革の推進を!



本日5月3日は憲法記念日の祝日である。関東地方は朝から激しい風雨であり、あたかも天が日本国民に現憲法のままで日本は生き残れるのかと叱責しているようでならない。

日本国憲法が施行されて本日で65年を迎えた。敗戦国が占領軍の制定した憲法を独立後も維持するのは日本のみであり、ましてや65年も遵守するのは極めて異例と言える。

これは日本民族がなんでも大切にし、受け入れ、同化させる能力によるものか、或いは日本民族の精神がGHQの占領政策によってものの見事に変えられてしまったのか、私は両方であると思っている。

本日の日経新聞朝刊によると、日経新聞社とテレビ東京が憲法記念日に先立ち共同で実施した世論調査では、「憲法改正すべきだ」との回答は53%で「現在のままで良い」の33%を上回ったと報道し、社説でも憲法改正を審議する国会の憲法審査会が本格的に動く気配を見せていないとして「憲法改正の論議を前に進めよう」と訴えている。

憲法改正の具体的な動きが見えてきたのは嬉しい限りである。

自民党は4月27日に新たな憲法改正草案を決定、みんなの党、たちあがれ日本も基本的考え方や自主憲法大綱案を公表した。民主党は改憲、護憲が二分しておりまとまっていない。

自民党の憲法改正草案の要点は次の6点である。国際的にみればごく常識的な内容である。

① 天皇陛下を「国民統合の象徴」で「元首」と位置付ける。
② 国旗「日章旗」と国歌「君が代」を明記
③ 憲法9条を改正、自衛権の行使を妨げないとして集団的自衛権の行使を容認
④ 自衛隊を国防軍とする。
⑤ テロ、大規模災害時に首相の権限を強化
⑥ 憲法改正の発議要件2/3以上から過半数に緩和

首相が国会議員の派閥と数の多さで決まる現在の日本の制度はまさに党利、党略の政策に明け暮れる現在の政治の結末であり、国民直接選挙の大統領制の導入は日本の歴史、文化からも受け入れられず、明治維新が成功したように、日本国においては天皇陛下は本来国家元首であられるのが万世不変の法則である。

憲法9条についても、明確に国際法に基づいた自衛権の行使を規定すべきである。
そして自衛隊を明確に「国軍」と規定すべきである。

自衛隊の実力行使を「武器使用」と「武力行使」に分けて使っているのは世界で日本1国のみである。

自衛隊を国軍でなく警察予備隊として創設した当時の法体系の考え方が今でも継続され、異を唱える者は軍国主義者と罵られる時代が半世紀続いてきた。

軍隊の実力行使は、いずれの国も戦時国際法、慣習法に基づいて行われ、全てを「Use of Force」と呼んでいる。

自衛隊では、実力行使(Use of Force)を武器使用(Use of Weapon)と武力行使(Use of Force)に分けている。

自衛隊が他国の軍隊と同じ武力行使(Use of Force)が実施できるのは「防衛出動」が下令された時のみであり、「海上における警備行動」下令下ではあくまでも警察官職務執行法に準じた武器使用(Use of Weapon)に限定される。

まして他国の海軍が常識的に保有している平時の領域警備の権限も有さない海上自衛隊は異質であり、中国船舶の安易な領海侵犯の原因となっている。

イランのホルムズ海峡封鎖問題の際に、海上自衛隊を「海上における警備行動」で派出するという話が持ち上がったがとんでもない話である。

憲法改正の論議を進める上で現在の日本にとって必要なことは、特に明治維新から大東亜戦争に至るまでの正しい歴史教育により日本人の自虐史観を払拭することが不可欠である。

日本の侵略戦争、南京大虐殺、従軍慰安婦問題等々、最近では特に若者の間でこれらに対して本当にそうかという疑問が投げかけられているのは明るい兆しである。

戦前、アジア諸国の人々がヨーロッパ諸国の植民地として人間としての扱いを受けていなかった中で、日本軍が彼らの眼前で彼らにとっては神にも等しい白人の軍隊を駆逐し、現地に学校を建てて教育した。

敗戦後は東南アジアで何千人もの日本軍将校が戦犯裁判の後に現地で処刑されている。これはアジアの植民地を復活させるための見せしめと言って良い。

しかしながら一部の日本兵は現地に残り独立戦争に参加しアジア諸国は独立を勝ち取った。日本は大東亜戦争に敗戦したがアジアの解放という戦争目的の一つは完遂した。

戦後にGHQが行った日本精神解体教育は、まず日本を愛する教諭を公職から追放し、教育界を左翼系で固め、日教組を組織し、そこで発生した利権、特権が今日に至るまで延々と続いている。

平成17年の中山成彬文部大臣が行った教育基本法の改革によって、ようやく日本本来の教育へと改革する一歩を踏み出したと言える。

その成果のひとつが、新しい歴史教科書における保守系教科書の採択であり、また今年4月からはじまる武道教育である。


本日は日本国憲法が施行されて65年目、政治家の世代も3代目に及ぶ長い期間、憲法改正も行わず平和と繁栄を享受できたのは日米同盟もさることながら、先の大東亜戦争で国のために散華された幾多の英霊の賜物であり世界史的には奇跡であろう。

特に中国の軍拡及び強硬な資源外交等に鑑み、今後は他力本願の平和は望めなく憲法改正と教育体制の改革が急務である。
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5月27日は何の日か知ってますか?/108年前に日本が世界史を変えた日



5月27日は何の日?  20代から40代の社員数人に聞きましたが誰1人私の満足の行く回答はなかった。5月27日は戦前までは海軍記念日と呼ばれていたんだよ!海軍記念日って何ですか?日本海海戦って知ってる?知らない。じゃあ東郷平八郎って知ってる?何か聞いたことがある。こんなやり取りで終わりました。

三笠艦上


よって本日はわが社の社員に日本海海戦の歴史的意義を理解し日本人としての誇りを持ってもらうために話をしようと思い、講話資料として作成しました。


日露戦争に至る国際情勢

欧米諸国は産業革命により商工業が発展し、安い原料や製品の消費地を求めてアフリカやアジアに進出してきた。また、科学技術の進歩により兵器も発達し、強大な軍事力を持ったイギリス、フランス、ロシア、ドイツ、アメリカなどは、抵抗できないアジア、アフリカの国々を支配し黒人、黄色人種を奴隷として扱っていた。この当時アジア地域で独立を保っていたのは下図のとおり日本と欧米各国の緩衝地帯となっていたシャム(現在のタイ)だけであった。
アジアの植民地



 当時の日本は朝鮮半島の自主独立を主張しており、朝鮮半島を我が属国と見なす清国との対立も激化し、ついに明治27年(1894年)日清戦争が勃発した。清国に日本が勝てるとはだれも予想していなっかったが、日本の圧勝に終わり、翌年下関において「日清講和条約」が結ばれ、清国は日本に台湾の譲渡、遼東半島の割譲と、賠償金の支払いが決定した。この時、満州を占拠し朝鮮半島にも進出し勢力圏を拡大しようとしていたロシアは清講話条約の遼東半島割譲に激しく反発し、ドイツ、フランスとともに武力を背景に遼東半島を清に返すように強く要求してきた。これを三国干渉という。日本は武力ではこの三国に到底対抗できないために遼東半島を清国に返した。これを教訓として日本国内では「臥薪嘗胆」を合い言葉に国力の増進、軍事の増強に努めた。

 その後、ロシアは遼東半島に強固な要塞と軍港を作って陸軍と艦隊を配備し、朝鮮及び日本に対し軍事的な圧力をかけてきた。 またロシアは1900年に清で発生した義和団の乱の混乱収拾のために満州に侵攻し全土を占領下に置き満州の植民地化を既成事実化しようとし、日英米がこれに抗議しロシアは撤兵を約束したが撤退は行わず逆に駐留軍の増強を図った。

 当時の日本ではロシアの満州占拠及び朝鮮半島への進出をよく思っていないイギリスとロシアの脅威に対抗するために同盟を結ぶか、あるいはロシアと協定を結ぶべきかで国論が分かれたが、最終的に日本の独立を保ち国益を守るためにはイギリスと同盟を結ぶ方がよいとの判断で明治35年(1902年)日英同盟を締結した。

 1903年からの日露交渉において、日本側は朝鮮半島を日本、満洲をロシアの支配下に置くという妥協案、いわゆる満韓交換論をロシア側へ提案した。しかし、積極的な主戦論を主張していたロシア海軍や関東州総督らは、朝鮮半島でも増えつつあったロシアの利権を妨害される恐れのある妥協案に興味を示さなかった。

 ロシア側は、朝鮮半島の北緯39度以北を中立地帯とし、軍事目的での利用を禁ずるという提案を行った。日本側では、この提案では日本海に突き出た朝鮮半島が事実上ロシアの支配下となり、日本の独立も危機的な状況になりかねない。また、シベリア鉄道が全線開通するとヨーロッパに配備されているロシア軍の極東方面への派遣が容易となるので、その前の対露開戦へと国論が傾いて行った。そして1904年2月に日本はロシアとの国交断絶を正式に通知し、2月8日、旅順港のロシア艦隊に対する日本海軍の旅順口攻撃で日露戦争が始まった。

開戦時の戦力比較 (露・日 歩兵66万対13万、騎兵13万対1万、砲撃支援部隊16万対1万5千、工兵と後方支援部隊4万4千対1万5千、予備部隊400万対46万 海軍51万トン対20万トン)
兵力的にもロシアが圧倒しており、

日露戦争風刺2日露戦争風刺1


上の風刺画にあるように白人の最強国ロシアが黄色人種の小国日本を打ち負かすのは朝飯前といったのが世界各国の見方であった。

日本海海戦
  明治38年(1904年)5月27日午前4時45分、五島列島沖で警戒していた仮想巡洋艦「信濃丸」から「敵艦隊らしき煤煙見ゆ」との第1報が打電された。これが後の世界の歴史を変えることとなった日本海海戦の始まりです。
 この信濃丸がバルチック艦隊を発見した位置が、海図を碁盤の目のようにグリッド区分した中の、偶然にも旅順要塞攻略の要となった二百三高地と同じ「203」グリッドでした。
バルチック艦隊が対馬海峡を通りウラジオストックへ向かうか、太平洋を北上し津軽海峡を抜けるかで苦慮して待機していた連合艦隊は、バルチック艦隊発見の報に接し、「敵艦見ゆとの警報に接し連合艦隊は直ちに出撃、之を撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し」と大本営に打電した。
午後1時55分、旗艦三笠の檣上にZ旗が揚がった。「興国の荒廃この一戦に在り。各員一層奮励努力せよ」の信号です。戦闘は世界の海戦史に残る、連合艦隊の一方的勝利に終わりました。
この時ロシアに負けていたら日本はおろか朝鮮半島はどうなっていたでしょうか。
当時、満州は既にロシアに占領されていた事実を忘れていないでしょうか。
白人に劣ると思われていた有色人種が白人に勝った。この事は世界の植民地に勇気を与えました。

Z旗

そしていよいよ「興国の荒廃この一戦に在り。各員一層奮励努力せよ」で有名なZ旗が旗艦「三笠」に掲揚されて始まった日本海海戦です。
Z旗はアルファベットの最後の文字であり「後がない」という背水の陣の意味を込めて信号が作られたという説もあります。


兵力的に劣勢な連合艦隊は意表を突くT字戦法等によりロシアのバルチック艦隊をほぼ殲滅し圧倒的な勝利を収めました。

海自現役時代に砲術を専門としていた私から見るとあの場面で砲戦の基本を遵守しつつ敵艦隊の頭を押さえて味方の火力を集中する戦法は感嘆します。これも「肉を切らせて、骨を切る」まさに薩摩示現流の極意を体現した東郷司令長官のなせる技です。


T字戦法を簡単に説明しますと、軍艦は前後に長いので、構造上、首尾線方向よりも舷側方向のほうが敵に対して多くの砲門を指向できます。そして砲を横に向けて射撃する方が照準も安定し遠近の精度も良くなります。当時の艦隊の陣形は旗艦を先頭とする縦一列の単縦陣が艦隊の統制のとれた運動及び集中射撃の効果からも最適な陣形でした。すなわち、敵艦隊に対してその進路を横切るような対勢を取れば、敵は艦首側の砲しか指向できないのに対し、こちらは艦首側、艦尾側の全ての砲を敵艦隊に集中でき、特に敵の先頭艦(旗艦)を早期に無力化し、敵の指揮系統を破壊できることは重要です。このためには接近する敵の位置、針路、速力、編成、陣形などを事前に正しく把握することが肝要となります。日本海海戦では信濃丸による敵発見の第一報に始まり、次いで触接を続けた和泉の的確な敵情報告により、東郷司令長官は敵艦隊を実際に視認する前にその詳細を把握できていました。しかし、弱点もあります。距離が遠いと我の針路と反対方向に逃げられたり逆に丁字を描かれる可能性があります。このため、日本海海戦での東郷司令長官はウラジオストク港目指して北東に航進するバルチック艦隊とすれ違うように反航対勢を装いつつ南西針路をもって敵に急接近、距離8,000m(すでに敵の射程距離内)で取舵一杯を命じ、左舷14点強(約160度)の大回頭を行って、敵の針路を斜めに圧迫する針路を取り、約4ノットの優速を利してこの対勢を維持して勝敗を決定づけました。つまり丁字と言うよりイの字の丁字戦法です。

T字戦法

敵前大回頭は、丁字戦法そのものではありませんが、敵に極力近接し、タイムリーに丁字を描くための重要な艦隊運動で、冷静沈着にして実戦経験豊かな指揮官のみが良くなし得るものと言えるでしょう。実際、このときの敵前大回頭は、のちに"Togo Turn"として世界的に有名となります。
孫文

孫文(中国民族革命運動の指導者)は「これはアジア人の欧州人に対する最初の勝利であった。この日本の勝利は全アジアに影響をおよぼし、アジアの民族はきわめて大きな希望を抱くにいたった」と述べています。


サダト

また、エジプトのサダト元大統領は、
「私は近く日本を訪問するが、その時は真っ先に明治神宮を参拝するつもりだ。今日エジプトが独立し、このような繁栄をきたしたのも、その根源をたどれば明治天皇様の率いる日本軍が、白人帝国主義のチャンピオンたるロシア帝国を敗ったことに起因する。エジプトで今なお愛唱されている『日本の娘さん』という歌は、日露戦争に従軍看護婦として出征する日本の女性を讃えた詩なのです」と話しています。


ネルー

また、初代インド首相のネルーは

「日本は勝ち、大国の列に加わる望みを遂げた。アジアの一国である日本の勝利は、アジア全ての国々に大きな影響をあたえた。私は少年時代(当時ネルーは17歳)どんなにそれに感激したかをおまえに良く話したことがあったものだ。たくさんのアジアの少年、少女、そして大人が同じ感激を経験した。ヨーロッパの一大強国は敗れた。だとすれば、アジアは、昔、たびたびそういうことがあったように、今でもヨーロッパを打ち破ることもできるはずだ。」と子供たちに話しています。


近代国家として歩き始めた小国日本が、世界の強国として恐れられていた大国ロシアと戦い日露戦争に勝利したこと、とりわけ日本海海戦においてロシアのバルチック艦隊を迎撃し、海戦史上例を見ない圧倒的な勝利を収めたことは、隷従させられていた国々、特に有色人種と蔑視され、抑圧、蹂躙されていたアジア、アラブ諸国に希望を与え、独立の気運を高めました。

また、ロシアに抑圧されていたフィンランド、ポーランドの独立運動などを助長し、ロシア国内における革命機運を高め、アメリカにおける黒人の人種差別撤回運動にもつながった原点が5月27日の日本海海戦戦勝記念の海軍記念日です。

もし日本海海戦で日本がロシアに負けていたら、満州や朝鮮は疎か我が国までロシアの植民地になっていたことでしょう。そうなれば、今の日本はどんな姿となっていたでしょうか? 日本の運命を左右した記念すべき日が5月27日の海軍記念日なのです。どのマスコミも報道していませんが、自分の国の誇りとなることを報道しない、また日本海海戦のことを知らない国民がいる、だから支那や韓国や北朝鮮に侮られるのでしょう。

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ロンドンオリンピック開会式日本選手団の途中退場 / 日本選手団の開会式に臨む姿勢に喝!



聖火台点火に立ち会えず
2012年8月1日(水)1時3分配信 共同通信

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 【ロンドン共同】ロンドン五輪の27日の開会式で入場行進を終えた日本選手団が、誘導の不手際から五輪スタジアムの選手エリアに入れず、終盤のクライマックスとなる聖火台への点火に立ち会えなかったことが31日、分かった。約40人が参加した日本選手は多数が帰る予定だったが、最後まで参加を希望していた選手まで場外に出され、再び戻ることができなかったという。

この」記事は8月1日に配信された共同ニュースである。

また、本日8月2日のTBSの朝ズバでもこの件が誘導員の誘導ミスであり、もともと体調調整のために途中退場を申し出ていた人だけでなく全員が退場することになった。日本選手団としては誘導ミスには抗議しない。と報道された。



私は29日土曜日の早朝から開会式のLIVE中継を見ていたが日本選手団の退場は全く気が付かなかったし解説者のコメントも聞いていない。

30日の日曜日にロンドンオリンピック関連のブログを検索したら興味深い記事を見つけた。

ロンドン在住の日本人ブロガーRubyさんが開会式に参加し7月29日に日本選手団退場の模様をUPしている。

そのブログによる状況を整理すると次のとおりである。

日本選手団の入場行進
入場1


トラックを半周程したところでスッタフが一列になり針路をブロック
入場2


日本選手団は脇の出口から退場
入場後進3

Rubyさんのブログによると、全ての入場を見たが後にも先にもここから退場したのは日本チームだけであり、全てのチームがトラックの中央に並んでいるのに日本チームだけがいなかったようである。


これは一体どうなっているのでしょうか? 全く理解に苦しみます。

Rubyさんのブログを契機にネットで色んな情報が流れだしました。

大会本部誘導員の誘導ミス、日本選手団が体調管理のために退場を申し出たとか挙句の果てには日本選手団は被爆者であり一緒に整列するのを辞退させられた等々色んな情報が流れ始めた。


かの有名なみのもんた氏を始め多くの報道陣が日本から現地に赴き執拗な取材活動をしているのに何故この日本選手団の謎の退場は報道されず3日過ぎてから共同が配信し、4日目にTBSが報道するのでしょうか?
とても不思議でならない。

共同ニュースによると「約40人が参加した日本選手は多数が帰る予定だったが、最後まで参加を希望していた選手まで場外に出され、再び戻ることができなかった。」そうでありこれが事実であろう。

私はこの件について何ら問題にされない日本の現状に重大な問題を感じている。

そもそも、日本国旗を先頭に日本国(民)を代表しての入場行進、開会式であるのに一体どうなっているのか理解できない。

仮に今回のオリンピックが日本で開催され、天皇陛下や総理の前であったとしても今回の様な事態に至るのだろうか?

日本選手団の国家意識のなさには呆れるばかりである。

共同は約40人の選手団と言っているがRubyさんのUPした写真によると7、80名はいますが、開会式に何故これだけしか参加しなかったのだろうか? 日本選手団の数があまりにも多すぎて開会式参加人数が制限されたのだろうか?

いずれにしてもこのような国家の代表として威信を示すべき開会式に対する意識の低さ、開会式というセレモニーはどうでもいいから体調管理をして試合に勝とうという独りよがりの姿勢があったのではないか?

今回の件についてはオリンピック組織委員会に誘導ミスの抗議をする必要など全くなく、日本選手団の日本人としての資質の低さを叱責し正すべきである。
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日経新聞の医療制度の改革提言に学ぶ / パブリックオピニオン参加の勧め!




本日8月2日の日経新聞朝刊に「医療制度改革に新視点/福祉と連携へ経営統合も」と題して非常に共感する医療改革提言があった。

私は医療に関しては全くの素人であるが、今年82歳になった母親が昨年末に人工股関節置換手術を受け現在はリハビリと介護のお世話になっており、日本の医療制度の複雑さ、不可解さを感じていた。

日経新聞の本日の論説によると、

従来の医療システムは近代産業社会が成立したばかりのドイツで1800年代後半に発展した西洋医学が基礎となっており、平均寿命が40歳代で65歳以上が5%、病気の主な原因は感染症や外傷に限られ医療に期待される役割は病気を治すことであった。

しかし、平均寿命が85歳となった現代の高齢者は複数の病気を同時に抱え、症状の悪化と改善を繰り返し、病院で完治することはできずリハビリ病院、福祉施設等、医療と福祉のサービスを順次受けることとなるとして

現在の医療制度、改革の方向として次の3点を提案している。

① 個人情報一元化で「1生涯1カルテ」構築し医療と福祉の統合システムを構築する提案

  医療と介護サービスをつなぐ知識と経験を有する「総合診療医」を確保して、地域の診療所における在宅ケア~福祉施設における長期ケア~リハビリ病院における回復期のケア~緩和ケア施設における末期ケア~死亡 までの一連のサイクルを提供する。

② 持ち株会社型の医療法人設立で既存機関の経営再編を促す提案

  医療機関と福祉機関の間でサービスを提供する制度や考え方が異なり医療と福祉の連携を阻害している。厚労省の参事官も医療の非営利性は堅持しつつ医療法人などの出資による持ち株会社型の新型医療法人の設立を認め複数の機関の経営統合を円滑に進めてはどうかとの視点を提示している。

③ 市町村の施設や土地利用を定める都市計画の見直しに関する提案

  地区計画で質の高い医療・福祉サービスを提供するため、現行の分散型の都市構造から効率的に連携できる高密度な都市構造に再編する。②の新型医療法人による新しいビジネスモデルを後押しする試みでもある。

現在の医療制度に関するこの提案にはまさに同感である。

このような観点での厚労省の取り組みについて厚労省のホームページ
(http://www.mhlw.go.jp/
で調べたところ、健康、食品、医療、医療保険、医薬品、医療機器の6項目での政策が示されていたが、その内容は極々一般的な内容であった。

例えば、医療については
「安全で質の高い医療サービスを提供するために・・・
けがをしたり病気になった時に、安全で質の高い医療サービスを受けることができる医療提供体制を確立し、赤ちゃんからお年寄りまで全ての国民が、健康で長生きできる社会を目指しています。」であり、今後どのように医療制度を改革するかの具体的な方針が見られない。

今回の記事を契機に厚労省のホームページを拝見し勉強させて貰ったら国民の意見を拾う意見箱を発見した。

厚労省HPのトップページに「ご意見やパブリックコメントはこちら 国民参加の場」というボタンがある。これをクリックすると国民参加の場のページに行き「パブリックコメント(意見公募)」がある。これをクリックすると47件の意見募集案件が表示されていた。

47件の意見募集案件の中でホームページに興味のある私が関心を寄せたのは「医療機関のホームページの内容の適切なあり方に関する指針(医療機関ホームページガイドライン)(案)へのご意見の募集について」である。

意見の締切日は8月9日となっているので早速内容を調べてみた。

医療機関ホームページガイドライン(案)への意見募集のページにはガイドライン(案)の概要や指針が紹介されているが、過大広告の禁止等極一般的な内容であり、極めて常識的な内容であり、何の意見を募集しているのか理解できなかった。
意見募集のページで紹介されている資料は極めて常識的、一般的な内容で問題点すらない状況であり、形式的に国民の同意を求めているのかなと思った。

しかしながら、良く調べてみると薬事法とパックになっており、薬事法を理解して初めて今回の改正についての意見募集の意味が理解できた。

薬事法の今回の改正で大きなポイントは、承認前の薬品、医療機器についてはその名称をホームページで紹介してはならない。ということである。

つまり、外国で開発され認可されている最先端の薬品、医療機器は、厚労省で認可されなければ病院のホームページで紹介してはならないということになる。

厚労省のホームページには承認前の医薬品、医療機器の認可申請のページもあった。
医学的データの記載等とても煩雑な申請フォーマットであり、申請しても審査、認可まで1~2年かかるとのことである。

それはおかしいのではないかと更に調べたら、医者の責任で日本では製造していない医療機器を輸入して治療や研究をするのであれば医師1人に3台まで輸入できることになっている。

外国で開発認可された最先端の医療機器を輸入し治療を行っている病院があっても日本国民にはこの医療機器の名称や効能等をその病院のホームページにすら掲載してはならないという今回の改正であることが理解できた。

本当にこれでいいのか疑問です。私はこれには納得できない旨、意見を出すこととしました。

皆さんはどう思われますか?

このまま改正されたら、日本国民は世界最先端の医療から取り残されることになりませんか? 

TPPへの参加、不参加を問わず日本の医療制度は今後見直しが必要になることは周知の事実だと思います。

過大広告等の取り締まりは当然のことですが、最先端医療技術の情報配布が営利目的と言っているようなものであり、納得できません。

同じ意見をもっておられる方は是非意見を提出されることをお勧めします。

意見募集のページは:
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495120153&Mode=0であり、ここから意見提出フォームに入ります。


今回厚労省のホームページを詳細に見る機会があり初めてパブリックコメントのページにたどり着いたが、日本国民のほとんどはこのようなシステムによりガイドラインが変更されることは知らないと思います。

世界の最先端医療から日本国民が置き去りにされないためにもこの種意見の提出には積極的に参加の必要があると痛感しました。

締め切りは8月9日です。多くの方の意見提出をお勧めします。

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オリンピックの柔道は柔道でなくなった! / 柔道の原点に立ち返れ!




ロンドンオリンピックの柔道の試合を見ていると「柔道」がどうしてここまで変わったのか今更ながら驚いているのは私だけではあるまい。

柔道着を着たレスリングか関節技や蹴りも加えた軍隊式格闘技かといったところである。

一部の選手や一部の国の取り組みは柔道本来の姿からかけ離れて全く柔道とは別物という感がする。

JUDO1
JUDO3
JUDO0



相手に組ませない、立ったまま関節技を掛けたり、帯を掴むのを最優先にしたり、足払いとは思えないローキックをしたり、負かした相手に馬乗りになったり、

倒れている相手を悠然とまたいで勝利を誇示したり、コーチはコーチで大声で事細かに指示を出し、選手もまたコーチの指示にいちいち頷いている。

これは柔道の試合ではない。

昔のコーチは選手が疲れて戦意を失いかけた時に積極果敢に行けとか頑張れという激励のみであったが・・・・

そして最も情けないことは、このような柔道にあるまじき態度に対しても審判が注意や指導を一切しない。

柔道着が帯からはみ出して服装が乱れても審判は服を正せとの指導をしていない。・・・

これでは柔道の試合が「勝ち」が全てになってしまうのも納得である。「柔能く剛を制す」「心技体」などの精神は完全に風化してしまっている。

現在の姿を「柔道」の試合と定着させたら嘉納治五郎先生や多くの先人に申し訳ない。

柔道はいつからこの様な姿になったのですか?

日本柔道連盟はこのような状況を何とも思っていないのだろうか。

国際柔道連盟の中における本家本元の日本柔道連盟の存在力、影響力は全くないと言っても過言ではない状況ではないのか?

それもその筈、IOC(国際オリンピック委員会)に所属する国際柔道連盟の理事に日本人はいない。

2007年9月に行われた国際柔道連盟総会での理事選挙において立候補した山下泰裕氏が落選してから日本の柔道連盟や講道館の力は全くなくなってしまったと言わざるを得ない。


国際柔道連盟の理事に立候補し落選した時の山下氏のブログコメント

http://www.yamashitayasuhiro.com/hitokoto/070915/index.html


この頃から柔道の姿が変わり始め今やすっかり変わってしまった。


因みの歴代の国際柔道連盟歴の会長は次のとおりである。

1951年 アルド・トルチ( イタリア)
1952年 - 1965年 嘉納履正( 日本:嘉納治五郎の次男で第3代講道館館長)
1965年 - 1979年 チャールズ・パーマー( イギリス)
1979年 - 1987年 松前重義( 日本)
1987年 - 1989年 サルキス・カルゴリアン( アルゼンチン)
1989年 - 1991年 ローリー・ハーグレイブ( ニュージーランド)
1991年 - 1995年 ルイス・バゲナ( スペイン)
1995年 - 2007年 パク・ヨンソン(朴容晟、 韓国)
2007年 - マリウス・ビゼール( ルーマニア→ オーストリア)

1987年から日本人の会長が就任していない。

このまま行くと柔道が全く異質のスポーツに変質してしまうのは必定であり、全日本柔道連盟及び講道館は強く意見を言わなければならないのではないか。


意見を聞き入れられないならば日本選手は決然と脱退すると表明し選手団をまとめて引き上げる位の姿勢をみせても良いのではないか。

たとえ孤立しても『本来の柔道』と信ずる『柔道』に戻ってもよいのではないか。

魂を売ってまで現在の柔道(JUDO)に迎合する必要はないのではないか。


柔道が精神を尊ぶ武道ならばなおさらのことである。

日本柔道連盟と講道館の奮起を期待したい。
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狂った韓国李大統領の竹島訪問、慰安婦発言、天皇謝罪要求 / 全ては管・仙石の大罪が起点



最近の一連の韓国李大統領の行動、発言を見ていると彼は真に発狂したとしか思えない様相を呈している。人相もまさに発狂を思わせるものであり、管総理の思考回路の壊れた退陣前のような人相である。

6月29日には日韓秘密情報保護協定が締結される予定であったが、韓国側の都合により締結予定時刻の1時間前になって延期された。韓国と軍事協定を結ぶことは不可能である。



また、8月14日の銅メダルを賭けたサッカー日韓戦のあと韓国チームの朴鍾佑選手が、「竹島は韓国領土である」と主張するプラカードを掲げた。。

そしてオリンピックのサッカーの日韓戦に併せたように李大統領の竹島訪問、
李大統領竹島訪問


更に8月15日の終戦記念日にもともと捏造された慰安婦問題や天皇陛下への謝罪要求・・・・

一国の大統領の言動とは思えない常軌を逸した言動・・・・昨年12月に来日した際も一国の大統領としては品格も節操もないとブログで書いたが・・・・本当にこの国は一体どういう国なのか考えるのも嫌になる。

一国の大統領がナショナリズムを煽ること自体、国の指導者としては失格であり、何ら韓国国民
のためにはならないのは百も承知の筈である。

ロシア首相の北方領土訪問、終戦記念日をターゲットに中国香港漁船員の不法な尖閣強行上陸、韓国活動家の竹島までの遠泳、竹島での軍事演習の公表、等々明らかに露、中、韓の合意のもとでの対日ゆさぶり行動としか思えない。


香港活動家尖閣上陸
多くの警察官らが待ち受ける中、沖縄県・尖閣諸島の魚釣島に上陸した香港の団体「保釣行動委員会」のメンバー=15日午後(TBS系RBC琉球放送ヘリ撮影


そしてこれらの組織的、協調的活動が顕在化したのは、尖閣沖漁船衝突事件で日本政府が漁船船長を釈放してからである。

あの尖閣沖事件の間違った収拾により対日強硬、揺さぶり政策が始まったと言って良い。

船長の政治的釈放は露、中、韓はもとより世界中に誤った日本の国体を発信してしまった。

これも思い出すことすら吐き気がする最低の管、仙石の大罪の結果である。

日本人の忍耐にも限界がある。

露、中、韓は日本人の忍耐を試しているのか?いや、日本人の国を守る覚悟を試しているのか?

あるいは、戦後の日本人無力化政策が功を奏し、もはや日本人は恐れるに足らずと判断したのか?

彼らは歴史的に日本人が忍耐の限界を超えれば団結して恐ろしい力を発揮することを知っている。それが日韓、日中、日露の歴史的な事実である。

最近の対日姿勢、行動を見ていると、明らかに日本国民と政府の対応を試しているとしか考えられない。眠れる獅子が起き上がるかどうかを見ている状況である。

このような状況に至った以上、毅然とした揺るぎない態度が必要である。

日本人の優しさと思いやりを愚弄するのもいい加減にしないと大変なことになると思い知らせる時期に至っている。

日本人の優しさは反日教育を受けた国民、反日教育を継続している国家には通用しない。むしろ日本人の価値観で相手に対応するには危険である。

このような国に対しては毅然とした態度で日本人の誇りを示すべきである。これらの国には我らの優しさや思いやりは逆効果であることを日本人は気付くべきである。


反日国家は明らかに日本国民の愛国心及び国防に関する覚悟を確かめている。

憲法改正と核武装論を現実に進展させることが唯一の抑止になることは明白である。

要は日本人の誇りと国家を守る気概を示すことが重要である。
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8月15日終戦記念日に思う1枚の写真 / 若き特攻隊員


私はお盆には祖先への祈りと特攻隊員をはじめ日本国のために命を捧げた多くの英霊に手を合わせ感謝するのを慣わしとしている。

そのお盆が今年もやってきた。そして今年の8月15日は67年目の終戦記念日である。

毎年この時期になるとテレビ各局で色々な終戦記念ドラマが企画されるが、今年もNHKの「戦場の軍法会議」の如く日本軍を人道的な見地から批判的な番組はあっても

大東亜戦争で散華された幾多の英霊に対し感謝の念を持って追悼する企画は見当たらなかった。

この時期に私がいつも思い出すのはこの写真である。
bansei-syounenhei.jpg

飛行服姿の5人の若者が笑って写っているこの写真、中央の若者が子犬を抱いている。

昭和20年(1945年)5月26日に写されたと言われる写真で、この5人の若者は翌日早朝、特攻隊員として沖縄の空に出撃し散華された。

写っているのは、明日の死を覚悟しているとは思えない少年たちの笑顔・・・そして日本人の優しさと思いやりそのものを発露している童顔である。

写真中央で子犬を抱く少年飛行兵は、群馬県桐生市宮前出身の荒木幸雄陸軍伍長。

当時17歳と2ヶ月です。撮影場所は万世飛行場と言われている。

万世飛行場は陸軍の特攻基地として有名な知覧飛行場から西に約15Km離れた吹上浜に面した現在の加世田市にある特攻基地です。

終戦直前の昭和20年(1945年)3月から7月までの約4ヶ月間に、201 人の特攻隊員が万世飛行場から沖縄に向けて出撃し、散華された。

17歳の荒木伍長が宿舎から父親に宛てた最後のはがきが残っている。

 
 
 陸軍伍長 荒木幸雄
  
       最后の便り致します
       其後御元気の事と思ひます
           幸雄も栄ある任務をおび
       本日(廿七日)出発致します。
       必ず大戦果を挙げます
       桜咲く九段で会う日を待って居ります
       どうぞ御身体を大切に
          弟達及隣組の皆様にも宜敷く さようなら 



神風特攻隊で散った若者は沖縄戦だけで約2900機、4400人と言われている。

最初はゼロ戦や隼等の第1戦の戦闘機や爆撃機が使用されていたが、最終的には白菊隊で有名な速度の遅いパイロットでない通信等の搭乗員を教育する機上作業練習機や水上偵察機まで使用されるようになった。

この様な練習機に250Kg爆弾を搭載して九州から沖縄へ飛び立った。

硫黄島から沖縄戦に至る日本軍の文字通り決死、捨て身の防御で米軍を震撼させ神風特攻隊の決死の行動で連合軍が日本本土強襲上陸侵攻を断念する大きな要員となったのは戦史の事実です。

大津市の中学校いじめ自殺事件の加害者、加害者家族、校長、教育委員会等の完全に病んでいる日本人の人相と彼ら若き特攻隊員の人相は明らかに異なる。

それは自分だけ良ければ良い人の人相と大事なものを守るためには自分の命をも捧げられる人の人相の違いである。

我々日本人は少なくとも年に1度は、若き特攻隊員を始め大東亜戦争で散華された幾多の英霊に感謝し、日本人として凛とした誇りある日本の継承を決意をしなけければならない。

それが彼らに対する供養である。
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自衛隊観艦式 / 心に響いた野田総理の訓示(全文)


観艦式ロゴ
10月14日に開催された自衛隊観艦式に参加する機会を得た。

私が乗艦した護衛艦「いせ」は訓練展示部隊であり、また当日は天候も良くなく航空機の飛行が大幅に取りやめられたものの全体として極めて円滑にスマートに実施された。

一連の行動を見て、海自艦艇、航空機の練度の高さと状況の変化に柔軟かつ適格に対応できる能力の高さをあらためて再認識した。

今回の観閲官 野田総理の訓示はかっての総理の訓示に共通した国を守る崇高な使命に敬意を表するとか国民の負託に応えて欲しいという一般的な内容に比較し、自衛隊の最高指揮官として部隊や隊員に求めることを具体的に示し、総理自身の覚悟も自ら問い正しておられるのではないかと思われる気迫のこもった訓示であり、海自OBとして胸にこみ上げるものを感じた。

マスコミでは五省とか日本海海戦の一層奮励努力せよを引用して旧海軍への回帰等と今後問題になるのではなどと煽っている記事もあるが、私は今回の訓示は事務方が起案したものを総理自らご自分の言葉と信念で大幅に修正された非常にすばらしい訓示であったと思っている。




ここに私が書き起こした訓示の内容(全文)を紹介する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    (平成24年度自衛隊観艦式における野田総理の訓示)

昨年の航空観閲式に続き本日の観艦式において観閲官として多くの隊員諸官に直接訓示をする機会を得たことは最高指揮官たる内閣総理大臣として大いなる喜びとするところです。

本艦「くらま」を中心とする艦艇、航空機の雄姿、統率の行き届いた一糸乱れぬ艦隊運動、そして士気旺盛な隊員諸君の規律正しく真剣な眼差し、今日私はこれを目の当たりにしてこの国に自衛隊があることの誇らしさをあらためて心に刻んでいます。

この観艦式が諸君の日頃の訓練の成果を示し、諸君がその胸に秘めた使命感と覚悟を一人でも多くの国民に知っていただく重要な機会となることを信じて止みません。

海洋国家日本の礎である海、我が国最大のフロンティアである海、我が国の海を守るという諸君の職責は日本人の存在の基盤そのものを守ることに他なりません。

今年は海上自衛隊の前身である海上警備隊が発足してから60年という節目を迎えました。
我が国を巡る安全保障環境はかつてなく厳しさを増していることはあらためて諸君に申し上げるまでもありません。

人工衛星と称するミサイルを発射し核開発を行う隣国があります。領土や主権を巡る様々な出来事も生起しています。

この一方で自衛隊の活躍の場面は我が国周辺のみならず世界各地にまで広がるようになりました。我が国の平和と独立を保ち国民の安全を守るという自衛隊創設以来の使命の核心は不変ですが新たな時代を迎えその使命は少しずつ形を変え重要性を増しています。

このような中にあって、本日は諸君に3つのことを求めたいと思います。

まず、諸君に求めたいのは、「部隊の力を磨きあげよ」という事であります。

新たな時代にあって諸君は様々な新しい任務を与えられ、難しい任務を与えられ、厳しい場面に遭遇することも増えると思います。

これを立派に果たしきる力を平素から養ってください。防衛大綱に従って動的防衛力を構築し磨き上げて下さい。いざという時、何が求められるのかそれぞれの部署で徹底的に検証し訓練に励んで下さい。諸君は単に存在することだけで抑止力となるのではありません。鍛え抜かれ磨き抜かれた諸君一人一人の日々の努力があってこそ防衛力が具体的な裏付けをもっていくのであります。

2つ目に諸君に求めたいのは「果敢に行動する勇気」であります。

かってない状況のもとでこれまで経験したことのない局面、プレシャーを感じる場面に向き合うこともあるでしょう。

しかし皆さんは国家の安全を守る最後の拠り所です。国防に想定外という言葉はありません。困難に直面した時にこそ日頃養った力を信じ、冷静沈着に国のために何をするべきかを考えた上で状況に果敢に立ち向かってほしいと思います。

いつの時にでも局面を切り開く力は、最後は諸君一人一人の勇気にかかってくることを忘れないでください。

そして3つ目に諸君に求めたいのは「信頼の絆を広げていくこと」であります。

先の東日本大震災での災害派遣では、全ては被災者の為にという思いで災害対応に当たった10万の隊員の真心が国民に深い感動を与えました。

被災地で自らは数週間缶飯しかとらず炊き出しのご飯や豚汁を被災者に提供し続けた隊員諸君の心は被災者との心の絆を深めたに違いありません。

また、米軍と自衛隊が共同対処したトモダチ作戦の成功は日米同盟に結ばれた日米両国の絆を固く結びつけました。これからの日米の動的防衛協力を深めていく大きな拠り所となっていくことでしょう。

更に諸君の同僚が遠くソマリア沖アデン湾において海上交通の安全確保の任に当たっていることは我が国の海運に携わる人々との絆を強めるとともに世界各国との絆も深め、日本という国全体への信頼を高めてくれています。

そして厳しく危険な任務を遂行するに当たって常に諸君を支えてくれる他国との絆への感謝の気持ちも常に抱き続けて欲しいと願います。

最後に海軍の伝統を伝える五省をあらためて諸君に問いかけます。

至誠(しせい)に悖(もと)る勿(な)かりしか
言行に恥づる勿かりしか
気力に缺(か)くる勿かりしか
努力に憾(うら)み勿かりしか
不精に亘(わた)る勿かりしか

諸君らはこの五省の問いかけを胸に、国を守るという崇高な使命を必ずや果たしてくれると信じます。

常に国民に寄り添って優しき勇者であり続けてくれると信じます。

今こそ国民の高い期待と厚い信頼に応える自衛隊であるために諸君は一層奮励努力されることを切に望み私の訓示とします。

平成24年10月14日 
内閣総理大臣 野田佳彦
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12月 8日 71年目の開戦記念日に思う。





真珠湾

12月8日は開戦記念日です。今から71年前の1941(昭和16)年12月8日未明(現地時間7日午前7時49分)、日本軍がハワイ・オアフ島・真珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃し、3年6箇月に及ぶ大東亜戦争対米英戦が勃発した日です。
ゼロ戦

昨年までは何らかの特集番組があったような気がするが今年はネットの番組表でチェックする限りNHKの次の番組のみである。

「巨大戦艦 大和「乗組員たちが見つめた生と死」
2012年12月8日(土) 19時30分~20時45分 の放送内容
多くの乗組員たちと共に海に沈んだ巨大戦艦大和。生き残った若者たちは、その時何を体験し、戦後をどう生きてきたのか。壮絶な証言を基に巨大戦艦の悲劇の全貌を描く。
番組内容昭和20年、多くの若者たちとともに海に沈んだ巨大戦艦・大和。助かった276人は、戦場で何を見て、何を感じたのか。わずか数十人となった元乗組員が「今だからこそ語れた」という証言は、壮絶なものだった。番組では、大和に4人の乗組員を出した小さな村を見つめ、生死が別れた兄弟の物語を再現ドラマを交えて描く。さらに、巨大な主砲のメカニズムをCGで描くなど、巨大戦艦・大和の悲劇の全体像をみつめる。
出演者出演黒田福美,伊藤正之,岸田タツヤ,藤川俊生,仲井真徹,藤井太樹,瀬尾智美,野口雅弘,渡辺哲」

放送内容の予告から判断して、またも戦争の悲劇を訴える内容であるのは間違いない。

それにしても日本のマスメディアは戦後のGHQによる報道検閲よろしくいつまで日本の侵略、極悪非道な日本軍、南京大虐殺、従軍慰安婦等々・・事実と反する報道を続けるつもりなのか?

12月8日 開戦記念日 ・・・なぜ日本が開戦するに至ったのか、明治維新から戦後までの正しい歴史を検証した番組が制作できないのだろうか。

日本は素晴らしい国であった。

日本人はかつて世界の人々を驚嘆させる気高い精神をもっていた。長い歴史の中で営々と積み重ねてきた世界一の精神文明の国が日本であった。

正義の為なら敢然と立ち上がり一歩も退かず、弱い者には優しく思いやる。これが日本人であり、その凛とした背筋の筋金が大和魂であり武士道であった。

蒙古襲来、ペリーの黒船来航、日露戦争、黄色人種が植民地、奴隷として搾取される戦前の世界で白人世界に敢然と立ち向かったのも日本人であった。

 
大東亜戦争中の日本軍は莫大な餓死者を出した。現地民の食料を略奪することもなく大量の餓死者がでている。

進軍、撤退中の兵士の大量餓死、世界の戦史の中でも日本軍だけであろう。こんな日本軍がどうして侵略戦争や大量虐殺をするのか?

疑問に思わない日本人がいるとしたら戦後の占領軍による日本精神弱体化政策の落とし子に他ならない。


東京裁判でローガン弁護士は、
 『ABCD諸国は完全なる軍事及び経済的包囲網を2つとも造っていた・・・もしそれが続けられたなら、それだけでも、日本を滅亡させたかもしれなかったのである。日本の人々はそれを知り、それを信じ、それを信じる理由を有し、そして彼らは自信のために行動したのである。・・・ 彼らは国を愛した、そして彼らの決定は、祖国にとっても生きるか死ぬかの決定であった。彼らは祖国を愛した。そして決定しなければならぬ地位にあった。我々はこの裁判をされる方々に、彼らの立場に立って考えていただきたいと思う。その立場に立ったら、愛国者として、あなた達はいったい他のどのような決議をすることが出来るだろうか。・・・』と訴えた。


昨年2011年12月7日には、MSN産経ニュースがルーズベルトは狂気の男」フーバー元大統領が批判・・・という記事を流した。

2011.12.7 22:41 MSN産経ニュース
 【ワシントン=佐々木類】ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874~1964年)が、日本軍が1941年12月8日、米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランクリン・ルーズベルト(第32代、1882~1945年)について、「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の男』」と批判していたことが分かった。
米歴史家のジョージ・ナッシュ氏が、これまで非公開だったフーバーのメモなどを基に著した「FREEDOM BETRAYED(裏切られた自由)」で明らかにした。
真珠湾攻撃に関しては、ルーズベルトが対独戦に参戦する口実を作るため、攻撃を事前に察知しながら放置。ドイツと同盟国だった日本を対米戦に引きずり込もうとした-などとする“陰謀説”が日米の研究者の間で浮かんでは消えてきたが、米大統領経験者が“陰謀説”に言及していたことが判明したのは初めて。
ナッシュ氏の著書によると、フーバーは第33代大統領のトルーマンの指示で戦後の日本などを視察。46年に訪日し、東京で連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥と会談した。
その際、フーバーはマッカーサーに対し、日本との戦争は「対独戦に参戦する口実を欲しがっていた『狂気の男』の願望だった」と指摘。在米日本資産の凍結など41年7月の経済制裁は「対独戦に参戦するため、日本を破滅的な戦争に引きずり込もうとしたものだ」と語ったという。
マッカーサーも、「ルーズベルトは41年夏に日本側が模索した近衛文麿首相との日米首脳会談を行い、戦争回避の努力をすべきだった」と批判していた。
著書ではフーバーが「米国から日本への食糧供給がなければ、ナチスの強制収容所並みかそれ以下になるだろう」とマッカーサーに食糧支援の必要性を説いていたことも詳細につづられており、フーバーの対日関与の功績に光を当てるものにもなっている。
ナッシュ氏は「この著書が、今でも米国の英雄とされているルーズベルト大統領への歴史評価を見直すきっかけになってほしい」と話している。
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大東亜戦争はアメリカの一方的な排日移民法、日米通商条約の廃棄、日本資産の凍結、石油全面禁輸、戦線布告に相応しいハル・ノート、ABCD包囲網等々、ぎりぎりまで追い詰められた日本が大東亜共栄圏の理想をスローガンにアジア解放のための戦った戦争であった。

結果的に日本は戦闘に敗れたがイギリスの植民地(インド ビルマ マレーシア シンガポール)、フランスの植民地(ベトナム ラオス カンボジア)、オランダの植民地(インドネシア)、アメリカの植民地(フイリッピン)は独立し、戦争目的は達成した。

終戦後インドネシア独立戦争ではスカルノとハッタに率いられ戦ったのは日本軍によって創設された祖国防衛義勇軍(PETA)と軍籍を捨てた2000人の日本軍将兵、ビルマではウォン・サンが日本軍によって創設され、訓練を受けたビルマ独立義勇軍(BIA)兵士10万人を率いイギリスから独立、インドでも日本軍の支援によって作られたインド国民軍(INA)(インド人部隊)によって独立を勝ち得た。

日本人が黄色人種の人権を主張して戦った姿を目のあたりにしてきた彼らが自ら武器を取り民族の誇りと独立を勝ち取った。

あの戦争は何だったのか?
日本軍=悪=戦争という構図が如何に誤った戦後教育であったか、今や日本人ははっきりと認識するようになってきている。

一体どのような国際関係で、どのような交渉が行われ、そして何故開戦せねばならなかったのか?

大東亜戦争によってアジアと世界がどのように変わったのか、そして今後日本は国際社会の中でどのように振る舞わなければならないのか、12月8日には日本人としてしっかりと考えるべきではないでしょうか?

先の大戦についての真実に思いを至し、戦って亡くなられた英霊に感謝し、我々に脈々と伝わる日本人の凛とした精神を思い起こさなければならない日が12月8日だと思う。

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侍JAPANに見た大和魂!本田選手のコメントにW杯優勝を確信した。



サッカー記者会見
W杯出場決定記者会見に臨んだ選手たち。本田(左端)のコメントで笑いが起きるなど、会見は和やかな雰囲気で行われた【スポーツナビ】

W杯出場が決定したオーストラリア戦の後記者会見に臨んだ選手たちのコメントは過去の雰囲気と違い極めて真剣で気迫のこもったものであった。今回の日本チームは本番のW杯で優勝するであろうという確信に至った。

本田選手
最終的に試合を決するのは個の力だと語る本田。個の力を上げることをチームメートにも求めた【スポーツナビ】



本田選手に記者が「W杯優勝、そしてコンフェデ杯優勝を目標にしているが、チームとして、そして個人として何が必要か?」と質問したところ、

本田選手は「 シンプルに言えば個だと思います。個というのは、昨日GKの川島選手がしっかりと1対1を止めたところをさらに磨く。

今野(泰幸)選手がケーヒルに競り勝ったところをさらに磨く。(長友)佑都と(香川)真司がサイドを突破したところ、そこの精度をさらに高める。

ボランチの2人がどんな状況でも前線にパスを出せるように、そして守備ではコンパクトに保ち、ボール奪取を90分間繰り返す。岡崎選手や前田遼一選手が決めるところをしっかり決める……。

 結局、最後は個の力で試合が決することがほとんどなので、むしろ日本のストロングポイントはチームワークですが、それは生まれ持った能力なので、どうやって自立した選手になって個を高められるかというところです。

自分が前に出るという強い気持ちで集まっているのが代表選手だと思うので、この1年短いですが、考え方によっては1年もあるとも言えます。

真司や佑都みたいにトップクラブでやってる選手もいると思いますし、ただそうでない選手もいます。でも、そうでない選手もやれることはあると思います。

そこを今野選手みたいに憧れみたいな気持ちでいられると困りますが、同じピッチに立っていますし、大先輩なんでそこはアドバイスをくれればと思っています。」と答えた。

本田選手のコメントは流石の一言であった。

彼は海外のチームでの必死の努力の成果で日本代表のエース格に返り咲いたといって良いが、日本と海外のクラブチームでのプレー経験を通じ、日本人が普遍的に持っているチームワーク・和の精神が如何に素晴らしいかを理解た。

今までは日本人特有のチームワークの総合力で世界の競合と戦ってきた。
チームの戦力=チームワーク×個の術力 であるのは異論のない理論である。

私が過去勤務した海自の護衛艦の戦闘チームもまさに装備×チームワーク×個の術力で決まった。

同じ装備のイージス艦で日米が共同訓練やミサイル発射訓練等を行うが、成績は同等(やや海自が上)であるが、

ミサイル射撃等に際してトラブルがあった際の対応、任務の達成ははるかに海自が上である。

これは私の持論であるが、イージス艦の戦力発揮に関する基本的な個の力、チームワークは変わらないが、トラブル等が発生した場合の対応力には大きな差が出てくる。

これがまさに日本人特有のチームワークであり、チームの誰かのミス、錯誤或いは機器のトラブルを個人や整備担当者の責任にするのではなく、チーム全体の責任とする連帯精神、心の持ち方が本来の日本人にはDNAとして生まれながらに持っている和の精神でありチームワークである。

つまり、日本人特有のチームワークはお互いに強点を出し合って補い会うものであり、自分の持ち場を守ることに専念してシステムが動くチームワークとは本質的に異なるものである。

今回の本田選手のコメントには、サッカー日本チームが世界に勝つには個の力の更なる向上が必要であり、それをチームとして最大公倍数に発揮するチームワークは日本人は生まれながらに持っているという本質を明言し他の選手に訴えていた。

彼のコメントにより、他の選手も個の力の向上と日本人が生まれながらに持っているチームワーク力の素晴らしさと個の力の来年6月の本大会までに最大限向上させる決意をした様が感じ取られた。

来年のW杯優勝は夢ではなく現実となると確信した。

やはり、日本文化、日本精神はすばらしい。

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DJポリスと若者・・両者に拍手!


サッカー日本代表がW杯出場を決めた2013年6月4日には渋谷のスクランブル交差点や大阪の道頓堀でまさに若者が歓喜の発狂という様相であった。

そのような中、現在ネットの世界にとどまらずテレビ報道でも大きな注目を集めている警察官がいる。



上がその動画であるが渋谷のスクランブル交差点に集まった大勢の歓喜で爆発しそうな若者サポーターをまさに華麗なトークで誘導し、負傷者ゼロ・逮捕者ゼロという快挙に貢献した。

それにも増して嬉しかったのは、爆発寸前の若者たちが暴れるどころか、お巡りさんコールを始めたことである。


彼の呼びかけ誘導ぶりは動画としてYOUTUBEなどに多数UPされ、そのユニークかつ軽快なトークから現在彼はネット上では「DJポリス」と呼ばれている。

彼のネット上の評判は警視庁にも届き、警視庁も彼の活躍を評価して「警視総監賞」の授与を決定したとのことである。

そして、ねっと上では

「功績はきちんと評価されるべき。警視庁もナイス」
「頭の柔らかいお巡りさんが増えて欲しいな」
「警察も粋な表彰するもんだ♪」
「私もこの機動隊員のトーク、すごいなって思ってた」
「今日も日本は平和やな(笑)」
「すごい!すごい!次回の出動に注目集まりそうだね!」


等々その反響も大きい。

ちなみに、このDJポリスは「ご協力いただいた通行人の方々に感謝しています。」と控えめにコメントしていたその姿も印象的であった。

頑張ろう!日本!
負けるな!日本!
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海自US-2救難飛行艇クリューBZ(ブラボーズール)・見事なり! 荒天下の海難救助(辛坊治郎キャスター)


下の写真は小型ヨットで平洋横断中、浸水によりヨットを放棄し、救命ボートで漂流中海自の救難飛行艇US-2により救助され、厚木基地に帰還した辛坊氏と全盲のヨットマン岩本氏である。

2人は海上自衛隊の正式の作業用防寒衣を着けている。現役時代の約25年間の海上勤務において私も愛用した防寒衣であり非常に愛着を持っている。2人が海自の作用用防寒衣を着て心から安堵していると思ったのは私だけであろうか?

辛坊氏は記者会見において「気力はあるし、食料も水も1週間くらいは大丈夫という読みはあったが、体温が下がって明日までもつかという思いがありました。」と当時の状況を振り返り、

ボートのエンジン音が聞こえた時に、「“あ、帰れる”もうその一言で、こんな言い方がいいかどうか分かりませんけど、この国の国民であって良かったなと思いました。」と声をつまらせていた。




いずれにしても、辛坊氏、岩本氏ともに救助されて良かった。また何よりも着水条件を超える荒波の中、エンジン1発は波により使用できなくなったものの無事に遭難者を飛行艇内に収容し、離水できたことは飛行艇クリューの練度の高さと幸運が重なった結果であろうと思う。


経過を整理してみた。

・ 午前7時35分: 辛坊氏から携帯衛星電話で事務所に緊急連絡「右舷から浸水あり。船体放棄しかない」

・ 午前8時1分: 再び辛坊氏から「船体を放棄し救命ボートに乗り移った。2人は大丈夫」と連絡が入った。

・ 午前11時44分: 通報を受け現場に向かった海上保安庁の航空機が、ボートの2人を確認した。現場は宮城・金華山の南東約1200キロ付近。

・ 午後2時ごろ: 海上保安庁から要請を受けて派遣された海自救難飛行艇が現場着。約1時間上空にとどまったが、波が高いため着水できず、燃料切れで引き返した。

・ 午後6時15分ごろ: 海自があらためて派遣したUS-2が2人を無事救出した。現場は雨が降り、救助時の波の高さは3~4メートル、風速16~18メートルだった。

本当に今回の救助行動は絶賛に値し、見事なり/BZ(ブラボーズール)である。

荒天下の危険な救助活動は私も何回も経験したが一瞬の油断も許されない極めて危険な作業である。

風浪は息をしているかのごとく強くなったり弱くなったりするが、飛行艇クリュー及び飛行艇から発進した救難ゴムボートのクリューも自然のこの息づかいに溶け込み、自然に逆らわず任務を達成したものであろうと確信できる。

救難飛行艇US-2の前身はUS-1、その前はPS-1という対潜飛行艇であった。
対潜水艦戦のための重い機器や武器を搭載していたために事故も多かった。

対潜哨戒機 PS-1
ps-1

救難飛行艇 US-1
us-2


事故により殉職された隊員も多い。私の親しい防大の同期生も約30年前に殉職した。

US-1の今回の活躍に初期の国産PS-1から訓練飛行や実行動で殉職された多くの先人、同僚の功績に思うところが多々あった1日であった。

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中山恭子参議院議員はすごい!/ 国会質問に見る人間力・大和なでしこ力!





上の動画は5月13日に行われた参議院の予算委員会で質問に立たれた中山恭子先生です。

今年の5月10日に、「安倍内閣の歴史認識は著しく偏っている。」という正式な報告書が米国政府内で提出されたという報道に対して緊急動議として政府の対応について質問され、政府のあるべき対応について意見を述べられたものです。

この日の予算委員会は、「復興、エネルギー、原発、環境問題に関する集中審議会」であり、
質疑の途中で、自民党、公明党の理事から議長に対して「歴史認識問題に関する質疑は、本日の議題と異なり、本日は議論すべきでない。」と抗議が出されました。

しかし質疑は最後まで完璧に継続されました。不思議な流れです。質疑が継続されること自体考えられないのに、先生は、至急対策を講じるとの安倍首相の答弁と日本版NSCの設立についてまで、今国会で法案を通し、設立させたいとの回答まで引出された。

更に更に、日本のすばらしい文化を踏まえての真の国際親善のあり方について、麻生太郎副総理にウズベキスタン訪問時の素晴らしい日本文化の足跡についての体験談まで語らせたのです。

自公の理事から質問の継続についての抗議がなされたが、議場全体が中山先生の質疑の継続を許す空気が醸し出される、これがまさに中山恭子先生の人間力であり、大和なでしこ力であると痛感させられます。

おしとやかで物静かな発言の根底には強い鉄の信念がる。決して信念を曲げない。そして言動の全ては党や自分のためではなく、全て日本国のため、中山恭子先生みたいな方は絶対に国政の場に残ってもらわなければならない。

以下、私の感動の記録版として13日の国会質疑の応答の起しがあるブログで見つかったので掲載させていただきます。

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委員長 次に、中山恭子さんの質疑を行います。中山さん。(拍手)

中山先生: 日本維新の会、中山恭子でございます。本日は、ごく最近、5月10日に米国の政府の報告書で、安倍総理の、またはその閣僚の歴史認識について、著しく偏った見解が掲載されていましたので、それが明らかになりましたので、この件について緊急に総理にお伺いいたします。

米国議会調査局の日米関係に関する報告書で、安倍総理等の発言や行動は日本がアジア領域内の関係を混乱させる可能性があるという憂慮をもたらした、このような領域内の外交葛藤が米国の国益を傷つける側にも、方向にも展開し得ると強調しておりました。

このような米国の動きに対し、政府はどのような対応をなさいましたでしょうか。

安倍内閣総理大臣: 今、委員のご指摘の報告書は、米議会の公式見解を示したものではないというふうに承知をしておりまして、その内容について政府として逐一コメントすることは差し控えたいと思います。

いずれにせよ、我が国の考え方が十分理解されていないという点は残念であります。考え方が正しく理解されるよう、今後積極的な情報収集や発信に一層努めていかなければならないと考えております。

中山先生: 国際関係において、相手の間違った発言に対し、そのことを指摘しなかった場合には、その発言を黙認した、乃至は賛成したということになります。誤解があったと考えたのであれば、直ちにその賛成した、その旨をですね、相手に伝え、論理的に説明し、説得し、訂正してもらう必要があります。意見の伝え方、意思の表し方について、国際社会は日本の社会とはまったく違うことを認識し、国際社会の中では、郷に入って郷に従えで、相手の間違いは直ちに指摘するとの対応をしなければ、日本に対する理解は得られず、誤解が誤解を生むこととなります。

小さなことと考えずに、その都度、丁寧に対応しておく必要があります。

拉致問題の時にも、米国の報道に対して、その都度、何度も何度も反論をしてきております。さらに、この報告書そのものの影響力はそう大きなものではないかもしれませんが、この報告書から色々なことが見えてきます。

ひとつは、米議会調査局にこのような診断をさせた要因を考えますと、米国における広報活動、日本に対する理解を得る努力が極めて弱いということを意味していると言えます。対外広報活動を積極的に行えるよう、対策をとる必要が、至急対策をとる必要があると考えますが、いかがでしょうか?

委員長: 答弁の前にひとこと、委員長から申し上げます。ただいま、自民党、公明党の理事より、抗議がまいりまして、本日は集中審議、復興・エネルギー・原発・環境等について行っておると。歴史認識については明日安倍内閣の政治基本姿勢という、そこで行われるべきではないかというご忠告がございました。

まあ、委員におかれましては、今方向転換をするわけにもまいらないと思いますので、まあ、党がございますから、今日は本日は暫時続行いたしますが、今後この点につきまして、集中審議という意義を弁えて、委員においてはご質疑を願いたいと存じます。

安倍内閣総理大臣!

安倍総理: ただいま、委員のご指摘のようにですね、その都度しっかりと間違いであるわけでありますから、訂正を求めていく、あるいは我々の意見を伝えていくということは大切な姿勢だろうと、このように思いますし、また、そういう広報体制をですね、しっかりと強化をしていきたいと、このように考えております。

中山先生: 委員長に感謝申し上げます。あの、以後それに合うような形で質問してまいりたいと思いますが、5月10日に出されたということが分かったもんですから、これは至急対応する必要があるだろうと思いまして、今日このような質問を致しました。ありがとうございます。

委員長: 総理大臣以下ちゃんとやりますから、どうぞ遠慮なく今日はやってください。(会場笑)

中山先生: ありがとうございます。

委員長: これから守ってください。(拍手)

中山先生: 大変ありがとうございます。(拍手と歓声)

あの、もう一点、時間があるでしょうか、指摘しておかなければならないことというのがございます。これは、国際情報組織の必要性でございます。この報告書では、日本への非難のあり方が、アジアの問題と言いながら、日本とアメリカとの問題に摩り替えようとする動きがあることを示唆しております。これは非常に危険な動きだと考えておりまして、このような誤った報告が出る前に、実は日本としては、その報告を調査を示唆をする、診断をする担当者に対して、日本の動きを、日本の考え方をしっかりと伝えて、事前に処理しておく必要があると、そういう能力を持つ必要があると考えております。

日本では、戦後、情報というと、悪と考える風潮が蔓延して来ました。拉致問題に取り組んでいて、国際情報組織を持たずに各国と渡り合うということは非常に苦しいことでございました。日本版NSCの設置に向けて有識者懇談会での議論が進んでいると聞いてはおりますが、武力に訴えずに平和を維持して行くためにも情報は必須です。是非有効な組織を立ち上げていただきたいと考えております。

総理、いかがでしょうか。

安倍総理: ただいま委員がご指摘になったように、様々な報告書が出来上がっていく上においてですね、各国が自分たちの国益を確保、あるいは増進しようと、様々な働きかけを行っていくわけでありまして、自国に有利な、時にはプロパガンダを打ち込んでいくわけでありまして、打ち込まれたプロパガンダがですね、時にはそのまま出てくるということもあるわけでございますので、そうした動きをですね、事前に察知をしながら、誤解を事前に解いていくという努力は、極めて重要ではないかと、このように思います。

そういう中においてですね、情報収集をする組織、あるいはまた情報収集をする組織に対してですね、外交安全保障の政策を立案する上においてですね、情報収集を発注し、そして分析された情報をさらに活用して行く組織としてのNSCの存在というのは極めてじゅうようであろうと、このように思うわけでございまして、それを国家安全保障会議という形においてですね、そのあり方について、本年2月以降5回にわたって議論をいただいているところでございますが、先般、内閣官房に、国家安全保障会議設置準備室を設置を致しました。今後、これまでの有識者会議でのご議論を踏まえて、法案を今国会に提出できるよう、作業を加速化させていきたいと考えております。

中山先生: その、たとえば、拉致問題に関して申し上げますとですね、第一次安倍内閣の時、DVDとかパンフレットを日本語プラス8ヶ国語のものを作って、すべての大使館からそれぞれの任国の首脳や関係者に説明をするようにという対策本部からの指示を出しました。

あらゆる時に、日本の考えていること、日本の政策をですね、丁寧にすべての世界の方々に理解してもらうことっていうのは、これは日本が平和を維持していく上で、人との関係でもそうですが、知ってもらうこと、理解してもらうことっていうのは、非常に重要なポイントだと考えておりますので、是非リーダーシップを発揮していただきたいと思っております。

今日は、そういった意味で、世界中の文化が輝きあふれ交流する場を目指して、文化のプラットフォームとしてのパンフレット、提言を、皆様に配布しております。いずれお読みいただけたらと思いますが、このあり方、日本がですね、文化の底力を再認識して、21世紀、近代文明の後にくるポストモダンの世界で、日本が世界中の文化が集まってくる場となり、国際社会の平和と繁栄に貢献する国となることを目指している、そういう提言でございますので、お目通しいただければありがたいことでございます。

そういった意味で、私自身が1999年から3年間大使として過ごしたウズベキスタン共和国での事例をご紹介いたします。ウズベキスタンは、大変な親日国です。日本人というだけで尊敬され、信頼されます。その基にあるのは何か。それは、日本の文化でございます。

敗戦後、シベリアに抑留された日本兵が中央アジアに移送され、重労働に従事させられましたが、ダムや水力発電所、運河、道路、さらに劇場などの立派な建築物を建て、今もしっかりそれが残って使われているというのが現状でございます。

日本の若者たちは、帰国できるかどうかも分からない中、真面目に、誠実に、陰日なたなく働いて、良いものを残し、感銘を与えました。ここで働いた人々は、混成部隊です。ということは、当時のすべての若者たちが、このような文化を身につけていた証左であると考えます。

麻生大臣は、ウズベキスタンでは、Taro Asoと呼ばれて大変尊敬されていらっしゃいます。カザフスタンのナザルバエフ大統領にもお会いになっていらっしゃいますが、中央アジアの国々での日本人の動きについて、ひとことお話いただけませんでしょうか。

麻生副総理: カリモフという大統領がおられるんですが、1977年だったと思いますが、日本の閣僚として初めてウズベキスタンという国に行きました。大統領と接見があって、我々同友会からスイジュン(?)に同行されたと記憶します。

「子供の時、毎週末、日本人捕虜収容所に連れて行かれた」。ご存知かと思いますが、45年から46年にかけて、シベリアからウズベキスタンに2万5千人捕虜が移送されております。そのことを言っておられるんだと思いますが、「その捕虜収容所に連れて行かれた。母親が私に言った台詞は毎週末同じだった。『せがれ、ご覧、あの日本人の兵隊さんを。ロシアの兵隊が見ていなくても働く。人が見なくても働く。お前も大きくなったら、必ず人が見なくても働くような人間になれ。』おかげで母親の言いつけを守って、今日俺は大統領になれた」。

なかなか一緒に行った私より、もっとご年配の方が多かったもんですから、非常に感激をしておられましたけれども、これは徹底して、この人が大統領でおられたために、色んなところにこの点は徹底して、今言われたナヴォイ劇場の話だと思いますが、これはナヴォイ劇場はその捕虜が建てたものですけれども、これはウズベキスタンの大地震の時に、このナヴォイ劇場だけが倒壊しないで残った。したがって、そこには、「日本人捕虜」と書かず、「日本国民」と書き直されて、我々は捕虜にした覚えはないので、日本国民によって建ててもらったということが書いてあるんで、これはウズベキスタンという国という中央アジアの中において大勢力ですけれども、この国において、日本人が非常に定着し、日本の文化というものが広まっていった基の基はその2万5千人にのぼる捕虜収容の、捕虜収容所に入れられた方々のひとりひとりのご努力の結果、今日の日本・ウズベキスタン関係、出来上がった基礎は、そこにあると、私も、伺った時そう思いました。

中山先生: ありがとうございます。日本の文化のすばらしさをみんなでもう一度誇りを持って過ごしていきたいと思います。委員長、大変ありがとうございます。(拍手)

委員長: 以上で中山恭子さんの質疑は終了致しました。
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日本海軍の精神を引き継ぐ海上自衛隊(今も生きる日本海軍の教え10選その1「合戦準備」)



昨今、日本の歪められた歴史観と中国及び韓国の異常で執拗な歴史認識の強要に疑問が投げられ、公然と議論されるようになったのは誠に喜ばしい限りである。
このような日本の風潮と相まって、靖国神社の参拝者に多くの若者、特に女学生を最近良く見かけると思っているのは私だけであろうか。

戦後の占領政策により日本人に植え付けられた自虐史観はインターネットの普及により音を立てて崩れつつあるように思う。
これもインターネットの力がマスコミの力を凌駕しつつある結果なのか。
インターネットに習熟している若者達は膨大な情報の中から正しい情報を選別する能力を有しており、また戦後の自虐史観にも深く洗脳されてはいないため、真実の歴史を知ろうとする健全な自浄能力も有している。

問題は、50代以上の親や祖父母たちであろう。
私も62歳であるが、高校時代までは日本は侵略した、日本軍は酷いことをした。と思い込んでいた。いや、思い込まされていた。
私は、防大から海上自衛隊に入り、約40年にも及ぶ勤務の中で一朝有事に備え自分自身と部隊を真に強くする事だけを目標に生きてきた。そして、日本や世界の古代から現代の戦史についても勉強した。

私が初任3尉(少尉)であった昭和50年から52年頃の護衛艦の艦長や司令、司令官は旧海軍出身の方が多く、海軍兵学校の教育、海戦の実戦経験、海軍の伝統精神等を良く聞かされた。

海上自衛隊の護衛艦に勤務し、旧日本海軍の軍艦旗である旭日旗が海上自衛隊の自衛艦旗として使われていることも私の疑問でもあった。敗戦し武装解除された日本海軍の軍艦旗を戦後数年経過して再興した海上自衛隊が再び使用している。 
日本軍や日本人の精神力に恐怖した戦勝国が教育勅語や武士道に通じる武道を禁止した占領政策の流れの中で何故? このことは常に疑問であった。

海上自衛隊が創設されてから60年が経過したが、海上自衛隊は旧日本海軍の精神や教えをそのまま継承している。すなわち明治維新とともに誕生した日本海軍の精神をそのまま受け継いでいることとなる。

私は現役時代から部下隊員に「君たちは海上自衛隊で勤務すること自体が素晴らしい日本文化と日本精神の継承者である。現代の世情は本来の日本人の品格、人間性と乖離しつつあるが、日本人のDNAは変わっていない。あるべき日本人の姿を示し続けるのも我々に与えられた使命である。」と話していた。

明治維新により日本海軍が誕生してから約145年経過するが、海上自衛隊の教育や精神はまさに明治維新とともに誕生した大日本帝国海軍の精神や日本人本来の精神文化をそのまま継承していると言っても過言ではない。

民主党政権が終わり、時代の大きな節目になるであろうこの時期に、海上自衛隊が今でも大事に継承している旧日本海軍の教えは、和と勤勉を信条とする日本人社会の中で組織力、チーム力を発揮するための日本古来からの教えでもあり、海上自衛隊のみならず日本の民間企業にもそのまま適用できるものであり、海上自衛隊に今も残る日本海軍の教えについて、特に私の推奨する以下の中から10選として紹介することとしました。

① 合戦準備
  海上自衛隊の護衛艦は戦闘態勢への移行準備の号令として「合戦準備(かっせんじゅんび)」の号令を下令 しています。どうして今どき「合戦準備」なのかを紹介します。
② 5分前の精神
  5分前の精神は広く知られていますが、この5分前という概念がどのような経緯で誕生し、どのような教え として残っているのかを紹介します。
③ 出船の精神
  出船の精神とは何か、何故この精神を大事にしているのかを紹介します。
④ ヨーソロの精神
  ヨーソロとは何か? ヨーソロの起源と教えについて紹介します。
④ 五省
  海軍兵学校で始まり、海上自衛隊に今でも継承されている「五省」についてその意味と実践の現状について 紹介します。
⑤ 初級士官心得
  三等海尉(少尉)及び二等海尉(中尉)の若い初級士官が勤務遂行上の心得として今も実践する約20ヶ条の 初級士官の心得について紹介します。 
⑥ 青年士官は青天井
  青年士官は青天井という海軍から伝わり、海上自衛隊の若い士官が実践している教えについて紹介します。
⑦ 部下統率法
  人を動かす部下統率の極意として海上自衛隊に継承されている海軍の教えについて紹介します。

⑧ 士気高揚のための基本要素
  海上自衛隊が継承している海軍式士気高揚策について紹介します。

⑨ 男の修行
  階級、指揮命令系統が厳正な海軍における人生訓としての教えを紹介します。

⑩ 海軍士官である前に紳士たれ
  明治維新により誕生した日本海軍創設以来の教えである「海軍士官である前に紳士たれ」についてその起源 と教えについて紹介します。


1 その1「合戦準備」
  海上自衛隊の護衛艦は戦闘準備の作業を開始する号令として「合戦準備(かっせんじゅんび)」を今でも使っています。

護衛艦の一般公開等において、海上自衛隊の護衛艦は、戦闘準備の号令として旧海軍からの「合戦準備」を使っていますよと紹介すると10人中10人がコンピューター・ミサイル戦の時代に「合戦」ですかと一様に驚かれる。

私が、平成17年に海上自衛隊の全護衛艦と艦長の教育指導を担当する海上訓練指導隊群司令の配置にあった時、「合戦準備」は現代の戦闘様相に相応しくなく「戦闘準備」という用語に改めようという議論が起こった。

勿論、私は反対した。当時の海上自衛隊の教育界では「戦闘準備」の意見が多かったが
恐らく海幕の主要幹部の方も同様の意見だったであろうが、「合戦準備」は生き残り、未だ
にあの最先端のイージス艦でも「合戦準備」という号令が戦闘態勢につく準備号令として使われている。

昨今の北朝鮮の弾道ミサイル警戒に出動するイージス艦も、破壊措置命令がでれば「合戦準備」が艦内に流れ戦闘準備を整えることになる。

この「合戦準備」という号令がかかると、服装を正し、心を正し、身命を賭して国を守る決意と覚悟が生じたものである。
「・・合戦」「・・戦い」「・・役」「・・変」「・・紛争」「・・戦争」等々、戦いの形式によって使い分けられている。
ここではこれらの定義づけはやめるが、「・・合戦」と言えば、

両軍が向かい合い、合図で始まる戦(いくさ)であり、指揮官先頭の両軍の大将が馬で進み出て、「やあやあ、われこそは・・・国の・・でござる。」と名乗りをあげ、お互い大義を言い合い、あるいは相手をののしり合い、そして最後に「かかれ」の合図で戦(いくさ)が始まる。

また、敵の大将に要求されれば大将同士の一騎打ちもある。このように先手、後手、だまし討ちのない正々堂々とした戦(いくさ)が合戦である。

この観点から見ると、精神を統一したり、相手を威嚇したり、自分を鼓舞する「しきり」があり、「はっけよーい のこった」の合図で始まる相撲も合戦の型であると言える。
ではあるが、この夏の参院選で維新の会の橋下代表がしきりに選挙戦を「大戦(おおいくさ)」と言っておられたが「戦(いくさ)」という響きには「合戦準備」に通ずる親近感を覚えた。

海上自衛隊での勤務中、米海軍や多くの国の海軍軍人と友人になり、家族同士の付き合いでキャンプに行ったり、大酒を酌み交わしたりして分かったこともある。
どこの国の海軍士官でも、トラフャルガーからミッドウェー、フォークランドまで古代から現代までの海戦、戦史を深く勉強している。

その中で他国の海軍士官が褒め称えるのは日本海海戦やマレー沖海戦の日本海軍の見事な作戦と戦闘に勝利した後の破れた敵兵に対する姿勢、処遇、すなわち武士道精神である。

この「合戦準備」という号令には、お互い海を守るNavy Familyであるが、国の命運を賭けて正々堂々と戦おう。という武士道精神を呼び起こす不思議な力がある。

日本海軍が大東亜戦争における海戦で残した武士道精神は枚挙に暇はないが、特に破れた敵部隊、敵兵に対して示した武士道精神は誇れるものが多い。ここでは大東亜戦争開戦劈頭のマレー沖海戦の一例について紹介しよう。

時あたかも、この7月22日に英王室のウィリアム王子(31)とキャサリン妃(31)の間にジョージ王子が誕生し、世界中の祝福を受けたが、イギリスと日本の関係は深い。

生麦事件~薩英戦争~薩摩藩イギリスの技術の導入~明治維新~日清戦争~日英同盟~日露戦争~日英同盟破棄~大東亜戦争と日本の近代化にはイギリスが大きくかかわっている。

明治維新後、日本海軍の創設に大きく貢献したのもイギリス海軍であった。
日本海軍の海軍兵学校の教育理念等もアーチボルド・ルシアス・ダグラス少佐はじめ総勢34名からなるイギリス海軍の顧問団の指導で確立された。

そのイギリス海軍主力戦艦部隊との海戦がマレー沖海戦である。

マレー沖海戦は、大東亜戦争開戦の真珠湾攻撃の2日後の1941年12月10日にマレー半島東方沖で、日本海軍の航空部隊がイギリス東洋艦隊の主力戦艦2隻を撃破した海戦である。

マレー沖海戦は、日本がシンガポール上陸作戦を実施する上での海上補給路を確保するための海戦でした。

イギリス軍は、日本軍の行動を事前に察知し、開戦の6日前である12月2日に、イギリス最新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レパルス、その他駆逐艦4隻からなる艦隊をシンガポールのセレタ軍港に入港させました。

そしてイギリス東洋艦隊司令長官トーマス・フィリップス海軍大将は、日本軍マレー上陸部隊の船団攻撃のため、部隊を編成して12月8日17時過ぎにシンガポールを出航します。

対抗する日本の艦隊は金剛と榛名です。
両艦とも近代化の改装こそ受けていたものの、艦齢は27年を越えており、また兵装・装甲の厚さも元は巡洋艦程度の実力しかなかった。

プリンス・オブ・ウェールズは、14インチ(35.56cm)砲を10門装備、搭載するポムポム砲は、1分間に6000発の弾丸を発射するというすさまじい対空兵器、イギリスの艦艇は2年も前からヨーロッパ戦線でドイツ・イタリアの航空機に空襲され、これらを撃破しており対空戦の経験、能力は極めて高かった。

この大英帝国誇る不沈戦艦は、当時の国王ジョージ6世の兄王である、エドワード8世の即位前の王太子プリンス・オブ・ウェールズの称号を冠している最新鋭戦艦でもあった。

戦艦レパルスも、建造年月はウエールズより古いものの、装備はウエールズと同じで、それまで航空機による爆撃を完全に撃破してきている歴戦の強者であった。

圧倒的な英国海軍力を前に、日本軍が勝てる可能性は、限りなくゼロに近かった。

この艦隊を前に、日本軍はサイゴン(いまのホーチミン)にある航空基地から、航空機(九六式陸攻59機、一式陸攻26機、計85機)を発進させます。

各攻撃隊は東洋艦隊主力めがけて殺到した。

日本軍の被害は、陸上攻撃機未帰還3、帰投時の不時着大破1、偵察機未帰還2、その他30機以上が深刻な被害を受けた。

イギリスは、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと、巡洋戦艦レパルスが沈没。

この戦いで、ウエールズ撃沈の報告を聞いた英国チャーチル首相は、「あの艦が!」と絶句し、「戦争全体で(その報告以外、)私に直接的な衝撃を与えたことはなかった」と著書の第二次世界大戦回顧録で語っています。

戦艦レパルズが沈み、次いで戦艦ウエールズが被弾し、沈没が避けられない状況下、ウエールズの艦長のトマス・フィリップス海軍大将は、日本の航空隊に向け、乗員を退艦させるので、30分時間をほしい、と打電します。

二隻の戦艦の乗員は同伴の駆逐艦等に救助されます。

この救助作業の間、日本海軍の攻撃隊は、いっさいの攻撃行動をせず、上空で待機します。

30分という時間は、もし、その間に敵戦闘部隊が急襲してきたら、日本の航空隊は、帰還するためのガソリンすらなく、全機、墜落のリスクを負っていた。
それでも攻撃隊隊長は、戦闘休止を決断し、空で待機した。

そして、ウエールズの乗員が全員退艦後、ひとりデッキに残ったトマス艦長に、日本の航空隊は、全機整列し、一機ずつデッキ前を通過。トマス艦長に最敬礼をし、健闘を称えます。トマス・フィリップス艦長も、これに対して最敬礼で答えます。

そしてトマス艦長は、デッキにわが身を縛りつけ、艦とともに沈みます。

更に、マレー沖海戦の翌日には、日本海軍機が、再度飛来し、機上から沈没現場の海面に花束を投下して英海軍将兵の敢闘に対し敬意を表し、慰霊を行っています。

このようなすばらしい日本海軍の武士道精神は海上自衛隊に脈々と受け継がれています。
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2020年東京オリンピック開催決定 現地PV会場「トウキョウ」に雷鳴のような大歓声




2020年東京オリンピック開催決定 現地PV会場「トウキョウ」に雷鳴のような大歓声



2020年の東京オリンピックの開催が決定しました。
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東京五輪決定 現地PV会場「トウキョウ」に雷鳴のような大歓声
産経新聞 9月8日(日)7時45分配信
 【ブエノスアイレス=福田涼太郎】「トウキョウ」。国際オリンピック委員会(IOC)のジャック・ロゲ会長が、そう告げた瞬間、割れんばかりの大歓声が響き渡った。アルゼンチン・ブエノスアイレスで7日(日本時間8日)に開かれた2020年夏季五輪開催都市を決めるIOC総会。パブリックビューイング(PV)会場は、日本から地球の裏側まで乗り込んできた応援ツアー客らで埋め尽くされ“世紀の一瞬”を待ち、そして、喜びを爆発させた。
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久しぶりに自然に午前3時半に目が覚めた。

やはりブエノスアイレスでのオリンピック委員会の結果が気になった。

日本側のプレゼンテーションも素晴らしかった。

IOC委員長から、東京の決定がつげられる瞬間をライブで見ていたが

久しぶりに鳥肌が立つ感動を覚えた。

原発事故への対応について阿部総理の毅然とした自信に溢れた決意も印象的であった。

また、今回の招致活動では、日本人が基本的に苦手とするロビー活動が世界に通用するまで高まったことも証明してくれた。
2020年東京オリンピックでは「おもてなし」に代表¬される「日本の心」を全世界にひろめ、真の日本を知ってもらえる¬よう全国民で頑張っていきたいものです。

sinn kyougizyou

上の写真は、東京2020 オリンピック・パラリンピック招致委員会による8万人収容できる新国立競技場の想像図(コンピューターグラフィックス)で、総工費1300億円、2019年完成予定だそうです。
高層の20棟以上を有する選手村、そして晴海の選手村と競技場を結ぶ地下の環状2号線、

7年後の東京の景色や経済活動の形も大きく変わりそうです。

思えば、1964年の東京オリンピック、私は中学生でした。

1964-2.jpg

上の写真は、開会式で航空自衛隊のアクロバット・チーム、ブルー・インパルス5機(F-86F)が会場上空に飛来、着色したスモークで色鮮やかな五輪マークを空に描いた写真です。

ブルーインパルスは1960年3月4日に初めて公式展示飛行を実施してから4年後の出動です。

1964-1.jpg

上の写真は1964年10月10日の東京オリンピックの開会式、最終聖火ランナーの入場風景です。

それよりも、この写真には私の人生を決定づける人たちも写っています。

各国のプラカードを持っているのは、防衛大1期生です。

私の18期先輩達で私の現役時代も公私ともに師であった方々です。

災害対応、PKOや海賊対処の国際貢献、領域警戒等に活躍し、国民からすっかり信頼されるようになった自衛隊の現状と重ね合わせ、第2回目の東京オリンピックの開催決定は感慨深いものがあります。


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ディスク・ツー・デジタル(Disc-to-Digital)」サービスとは? / 発展するのか?

本日の日経新聞朝刊でウォルトディズニー日本法人が

アニメ作品などを収めたDVDソフトをスマートフォン(スマホ)でいつでも再生できる

新たなネット配信サービスに、2013年度にも乗り出す計画であると大々的に報道されました。

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購入DVD どこでも再生 ディズニー、動画配信
日本でスマホ向け新サービス クラウドの仕組み活用
日経2013/9/18付 朝刊記事
2013091809481806b.jpg



 米娯楽大手ウォルト・ディズニーの日本法人は、

DVDの内容を配信用に変換し専用システムに蓄積。好みのネット端末で呼び出すクラウドの仕組みを使う。

視聴の利便性を高める新サービスを活用、好採算なパッケージソフトの販売拡大にもつなげる。

「ディスク・トゥ・デジタル」と呼ばれる新サービスは、

ディズニー作品を収めた市販のDVDやブルーレイ・ディスク(BD)ソフトを保有する消費者に提供する。

ディズニー作品は繰り返し視聴するニーズが高いという。

ユーザーはまず、DVDやBDを再生できるパソコンで専用サイトにアクセスし、有料でデータを配信用に変換する。

店舗にソフトを持ち込んで処理することもできる。

変換後のデータは「ビデオロッカー」と呼ぶシステムに蓄積。

スマホやタブレット(多機能携帯端末)などのネット端末で「未来永劫(えいごう)、いつでも視聴できる」(ディズニー日本法人)。

 米国ではウォルマートなどが同サービスを手がけている。

ディズニーは日本でのデータ変換料など詳細を今後詰める。ウォルマートはDVDやBD1枚につき2~5ドル(1ドル=約99円)前後で提供している。

日本でデータ変換料を上乗せした「クラウド権」付きDVDソフトを投入する可能性もある。今年度内の日本での導入に向け、流通大手などと組むほか、映画会社なども合流する可能性がある。

 既存の動画配信サービスは視聴のたびに課金される。これに対し、「ディスク・トゥ・デジタル」はユーザーが購入済みのDVDソフトを活用するため、当初のデータ変換以外は低コストで済む。

 ディズニーはパッケージソフトと動画配信サービスを組み合わせることでコンテンツ資産を有効活用する。消費者がディズニー作品に触れる機会を増やし、ビジネス拡大につなげる構えだ。

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自分の所有しているDVDを「ディスク・ツー・デジタル(Disc-to-Digital)」サービスを利用してデジタル化しスマホやPCでどこでも自由に視聴できるようにするサービスです。

しかもDVD1枚約100円のお金を払ってクラウドに保存してもらうサービス

こんな面倒なコスト負担なサービスでユーザーは喜ぶのでしょうか?

とても疑問に感じます。

これはディズニーの動画販売戦略が動き出したとしか思えない。

YouTubeとの差別化はどのようになされるのか注目する必要もあります。

また、近い将来のネットビジネスの主流になりそうな可能性も垣間見えます。

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